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組織内で挑戦するか、外に飛び出すか:日本型イノベーションの可能性を考える – 歩きながら考える vol.73

今回は、日本文化と人材の流動性について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日も暑いです。夕方になっても30度超えで、家でご飯食べながら、ゆるゆると考え事をしています。
今日は、6月18日の日経新聞に載ってたDeNAの南場智子会長のインタビュー記事から、ちょっと考えてみたいことがあるんです。南場さんは「人が固定化するのは最大の悪だ」って言い切って、優秀な人ほど起業を勧めるんだそうです。
でも、これ聞いて「ちょっと待てよ」と思ったんですよね。本当に日本の会社って、人が固定化されてるんでしょうか?
雇用流動性の2つの顔:アメリカ型と日本型の違い
南場さんが言ってる流動性って、多分、アメリカみたいな「組織を超えた労働市場全体の流動性」の話を念頭に置いていると思うんですよね。ジョブ型雇用で、給料やポジションを上げたければ、どんどん会社を移っていく。それが当たり前の世界。
でも、日本企業って、これまでは違う形の流動性を持っていたわけです。メンバーシップ型雇用の中で、組織内での異動やジョブローテーションを通じて、人材の流動性を確保する、というやりかた。
私も会社員時代を思い出すと、3年ごとくらいで部署が変わって、そのたびに新しいスキルを身につけて、社内ネットワークも広がってました。
日本企業のやり方:社内ネットワークを活かした新規事業
正直、雇用の流動性に関しては、社会文化的な側面との「フィット」を考えないと、逆効果になるのでは?と思っています。ここで参考になるのが、ホフステードの文化次元理論です。日本は集団主義・個人主義のスコアが46で若干集団主義寄り。不確実性の回避が92で高く、男性性も95で非常に高い。
これ、何を意味するかというと、まずは、日本文化の元では「成功したいけど失敗したくない」というメンタリティになる傾向があるということ。また、同時に「仲間の中で輝く、一目置かれる」ということが強いインセンティブになりやすいということだと思うんです。
ここから考えると、組織外で起業を促すことが本当に効果があるのだろうか?と思ってしまいます。むしろ、社内での起業や新規事業開発に重きを置くやり方の方が、日本人には合っているのではないでしょうか?組織のリソースを使って、成功すれば社内で一目置かれる存在になれる。めっちゃ金持ちになれるわけではないかもしれないけど、組織内で確固とした評判は得られる。また、中々上手く行かなかったとしても、いきなり職が無くなる怖さは軽減される。
ピーターの法則と大企業病:流動性が止まるとき
こう考えると、組織外まで含めた流動性を高めることの効果はそこまで大きくはないのではないかと思います。
ただし、組織内での人材の囲い込みには問題もあります。ピーターの法則ってありますよね?「人は無能になるところまで出世する」という、ちょっと皮肉な法則です。
例えば、課長として優秀だった人が部長に昇進する。でも、課長と部長では求められるスキルが違う。部長として必要な能力がなければ、そこで昇進が止まり、同じポジションに長く留まることになる。パフォーマンスが上がらないポジションに人材が滞留してしまうので、組織が上手く回らなくなる。
これが積み重なると、いわゆる「大企業病」になって、組織内の活力が低下する。南場さんをはじめ、多くの経営層が「流動性」の話をする際に問題意識を持ってるのは、どちらかというと、こっちの話なのではないでしょうか?
まとめ:日本らしいイノベーションの形を探して
というわけで、今日はDeNAの南場さんの話から、日本型イノベーションの可能性について考えてみました。
南場さんの言う「人材の固定化は悪」という指摘は確かに重要です。でも、それを解決する方法は、必ずしも「優秀な人を外に出す」だけじゃないのではないかとも思います。例えば、「5年後に社内の新規部門や子会社で新しいビジネスを始める」という中期の要望を期待する人材には課すとか。日本人の特性を考えれば、社内で新しいことに挑戦できる環境を作る、組織内の流動性を高める、そういうアプローチもありなんじゃないかと思います。
大事なのは、今いる人/これから入ってくる人と、組織文化や制度のフィットを高めることであって、他所(他国)の真似をすることではないと思います。
みなさんの会社では、どんな取り組みがありますか? 社内ベンチャーで成功した例とか、逆に外に飛び出して成功した例とか、あったら教えてください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。暑い夏の夜、こんな風に日本の未来について考えるのも、なかなか楽しいものです。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い