The Culture Factor

お問い合わせ

メールマガジン
登録

BLOGブログ

AI課長の誕生:日本的マネジメントはどう変わるのか – 歩きながら考える vol.26

2025.04.18 渡邉 寧
「歩きながら考える」vol.16

今日は「AIがマネジメント業務を担うようになる未来」と文化に関して。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。

こんにちは。今日も歩きながら考えていきたいと思います。今回のテーマは「AI課長」について。ちょっと前に、日経新聞の記事(「トヨタやマツダ、AIで車両開発 実車使わず期間短縮」)でマツダとトヨタの車両開発にAIを活用する話を読んで、「これってまさにAI課長の誕生じゃないか」と思ったんですよね。ミドルマネージャーの仕事をAIが担うという未来が、もう現実になりつつあるという話を、ゆるく考えていきたいと思います。

AI課長って何だろう?

まず「AI課長」という話のきっかけは、橋爪大三郎先生のご著書「上司がAIになりました 10年後の世界が見える未来社会学」という本を読んだことから。当初は「そんな未来が来るのかなぁ」と思ってたんですが、上記の日経新聞の記事を見てて、あ、もう始まってるわと感じたんです。

また、清水亮さんの実験も、ちらりと目にして興味深いと思ったんですよね。実際に会社のトップ意思決定をAIに任せてみるという話。実際に会社のトップをAIにして経営判断をAIに委ねるという大胆な試みです。ミドルマネージャーではなくトップの意思決定をAIに任せるという視点ですが、AIがマネジメント業務をしたほうが実は効果的なのではないか?という問題意識では共通するものがあるように思います。

自動車開発の現場でAI課長が活躍し始めた

日経の記事に話を戻すと、トヨタやマツダが車の開発にAIプラットフォームを導入しているという話でした。車って本当に複雑な製品で、車体、シャーシ、デザイン、電池などの異なるチームがそれぞれ開発を進めていて、その各チームの要望と制約をすり合わせる必要がある、と。

従来はこの、すり合わせに膨大な時間がかかっていたわけですね。各チームは他のチームの事情を詳しく知らないわけですから、何がしたくて何ができるのかという要望と制約をすり合わせていくのに時間がかかる。

ところが、最近導入されているAIプラットフォームだと話が変わる。車両コンセプトの評価期間を「3週間から10分程度に短縮」できるんだとか。例えば電池の容量を変更すると、AIが航続距離や衝突安全性、温度、運転性能の値も同時に計算し、全体を俯瞰した最適値をすぐに割り出せる、と。

また、トヨタはマイクロソフトの技術を用いた「O-Beya(オーベヤ)」というAIエージェントを開発して、ベテラン技術者の知見・ノウハウをAIが取り込み、質問に対して複数の専門領域から同時に回答する仕組みを作っているそうです(「トヨタ自動車、エンジニアの知見を AI エージェントで継承へ ー 競争力強化に向け革新的な取り組みを開始」)

これって、まさに各チーム間の調整、知識の伝達とすり合わせをAIが行うということですが、時代がこうなってくると、「課長の役割」についての再定義が必要になるかもしれない、と思ったわけです。

開発の現場でAI課長が活躍し始めた

日本的な「ミドルアップダウン」はどうなる?

ここで考えたいのは、日本企業の強みと言われてきた「ミドルアップダウン」という経営スタイルの行方です。

野中郁次郎先生のSECIモデルでは、日本企業におけるミドルマネージャーの役割が非常に重要だと指摘されていました。ミドルマネージャーが組織内の暗黙知を理解して形式知化し、トップのダイレクションを理解した上でメンバーレベルの細かい情報も把握して、横の課長と連携しながら組織的に大きなプロジェクトを動かしていく。

これは日本の文化とも関係していて、ホフステードの文化的次元理論によれば、日本は権力格差のスコアが54と中間にあるため、トップダウンでもボトムアップでもない「ミドルアップダウン」という独自のスタイルが発展したのではないか?という議論があります。

しかし、AIがチーム間のすり合わせを行うようになると、この「ミドルマネージャーを中心とした知識の螺旋運動」はどうなるんでしょう?元々、課長の有能さや擦り合わせの巧みさは、日本企業における競争力に紐づいていたとすると、これがAIに代替されるということは、日本的なマネジメントパターンが大きく変わることになるかもしれません。

課長の大変さが緩和されるかもしれない

AIによるこの変化が良い方に進むのか、それとも状況を悪化させるのか、大変気になるところですが、個人的には、ミドルマネージャーの業務にAIが入ってくる「AI課長の誕生」は良い方向に向かうんじゃないかと思っています。

少なくとも私が見るところでは、課長さんたちの労働時間がとにかく半端ないケースが多いように思います。ありとあらゆる判断が課長のところに来てしまって。土曜日に会社に忘れ物を取りに行くと、課長だけが出社して決裁のハンコを押していたりする。「大丈夫ですか?」って声をかけたくなるような状況でした。

こういう課長の業務負荷がめちゃくちゃ高いから、若い人は「課長になりたくない」と思うようになってるみたいですね。大して給料も上がらないのに、責任と労働時間だけ長くなるなら、昇進はちょっと…という気持ちになりますよね。

課長は大変

これがAIによって課長の負荷が下がるということがあるなら、もう少し違う形の課長像が出てくるかもしれない。ルーティンワークや調整業務をAIに任せて、人間の課長は「擦り合わせ」の中でも特に創造的な部分や、人と人との設定がどうしても重要になる、育成、チームビルディング等に集中できるようになる可能性があります。

AIがグループ間のすり合わせを行うようになることで、「課長の仕事」は大きく変化するでしょう。ただ、これは単に仕事が減るということではなく、仕事の質が変わるということなんじゃないかと思います。

まとめ:AI課長と日本的マネジメントの未来

今回は日経新聞のニュースを見て、AI課長の誕生と日本的マネジメントの変化について考えてみました。

ぜひ皆さんも、自分の職場や業界でAIマネージャーがどう活用できるか、どんな変化が起きそうかアイデアがあれば教えて下さい。もし「うちの会社ではこんなAI活用が始まっている」といった事例や考えがあれば、ぜひSNSでシェアしてコメントくださいね。

今日はここまで。歩きながら考える「AI課長の誕生」でした。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。また次回お会いしましょう!


渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

メールマガジン登録