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今日のテーマは「多能工」と働き方に関して。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題を平日(月~金)の毎朝ラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。
歩きながら考えるvol.19 人ありきの組織設計:ジョブ型とメンバーシップ型の分岐点
こんにちは。今日は京都の街を歩きながら、「働き方のフィット」について考えてみたいと思います。最近、日経新聞の連載を読んでいて、面白いなと思ったテーマがあって、それが「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」とそもそもの文化とのフィットの話なんですよね。2025年3月24日の――「人財立国への道・国富を考える(1) 人手消滅、眠れる力を発掘」――を読んで、働き方の未来について考えが広がったので、ゆるくお話ししてみようと思います。
日経新聞で印象に残った旅館の話
まず最初に、記事を読んでて「これはちょっと色々と考えられるぞ」と思った話から。
連載の冒頭で、ある旅館の従業員のエピソードが出てきたんです。宴会の席で三味線を弾いてお客さんを楽しませている人が、実は調理場で料理も作っていて、さらにツアー客向けの料理教室の講師までやってるっていう、1人で3役をこなす「多能工」の話。これ、20年でその旅館の売上が8倍になったっていうんですよ。柔軟に役割を広げることで生産性が上がるっていう実例が、なんか新鮮で印象に残りました。

この話が頭に残った理由は、僕が新卒で入った日本の会社での経験とリンクしたからかもしれません。当時は「ジョブ型」なんて言葉もなく、会社に採用された後に「何やるかは入社してから内示で出します」みたいなメンバーシップ型が当たり前で、それがこういう多能工的な働き方と関係があるように思ったわけです。
ジョブ型とメンバーシップ型の分岐点
ここからが本題なんですけど、歩きながら考えてて、やっぱり「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の違いを考える際には、社会文化環境との「フィット」を考える必要が有るんじゃないかと思うんです。
ジョブ型雇用って、仕事の内容が先に決まってて、「このポジションはこういう仕事で、成果はこれ、報酬はこれ」って明確ですよね。欧米だとこれが主流で、役職や報酬を上げるためには社外に転職するのも普通のことです。そもそもの流動性が高い社会環境である場合は、この形式はごくごく自然なことなのかもしれません。一方、メンバーシップ型は、「会社に所属する」ことが先で、会社の中に労働市場があり、仕事はジョブローテーションで変わっていく。日本だと新卒一括採用や終身雇用がその典型で、僕も昔、そういう環境で働いてました。
で、日経の記事を読んでて思ったのは、記事に出ていた旅館の多能工みたいな働き方って、ジョブ型じゃなくてメンバーシップ型だからこそ自然に生まれるんじゃないかってこと。最初から「三味線と調理と講師やってね」って募集するんじゃなくて、働いてるうちに「ここ手伝って」「三味線得意なら弾いてみて」って広がっていく感じ。
でも、世の中は「ジョブ型にシフトしよう!」って流れが強いじゃないですか。確かに個人主義が強まる時代には一見合ってるように見えるかもしれないけど、流動性が低い環境――たとえば、その旅館みたいに長くことが自然な職場――だと、メンバーシップ型の方がフィットするんじゃないかって思うんです。働いているうちに「あなた、三味線弾けるの?だったら、こっちの部署でも仕事してみない?」なんて求められて、そこで力が発揮できたら、やりがい感じられるんじゃないですかね?
「フィット」のズレが未来を左右する
ここからちょっと深掘りなんですけど、「これからはジョブ型」みたいな話には注意した方が良いと思うんです。「制度と文化・社会のフィット」がちゃんと考慮されているのか、と思います。
たとえば、日本企業がジョブ型を無理やり導入するとどうなるか。専門職にはいいかもしれないけど、みんなが転職を前提に働く文化じゃないから、社員が「私の仕事はこれなんで、そちらのことは知りません」と悪い意味でドライになってしまったり意図しない悪影響が発生するかもしれません。
逆に、欧米でメンバーシップ型を押し付けても、「一体全体どういう評価の仕組みになってるんだ?」と不信感をもたれるかもしれません。制度だけ変えても、文化や社会の背景と合わなきゃうまくいかないですよね。
僕は、制度変更を考える際には必ず文化的土壌とのフィットを含めた全体のシステムを考える必要があり、日本の場合は、ジョブ型とメンバーシップ型の両方があり得、組織によってどちらの制度の方が効果が高いかはケース・バイ・ケースだと思います。

何をするか、よりもどういう人達と組織を作っていくかの方が大事
ここからちょっと未来の話。
これからは、個々人の価値観が、世代や地域や個人によって、かなりのバラツキを見せるようになっていくと思います。都市部は個人主義傾向が強くなっているように見えるけど、地方の若者は地縁を重視する集団主義的な傾向も見せています(若者の絆はどこへ向かう?:兵庫の銭湯で見えた意外な変化 – 歩きながら考える vol.18)。流動性に関しても、個人の選好・許容度はバラついてきていて、転勤を厭わない人もいれば、転勤は絶対NGという人もいる。
今回の記事では、メンバーが多能工になることの効果が書かれていましたが、多能工を良しとするのであれば、その場合は長期で働くことを前提としたメンバーシップ型の雇用体系の方が向いているかもしれません。そして、そういうメンバーシップ型の雇用体系を良いと思い、その制度の方が活躍できる人に組織に入ってもらう必要が出てくるかもしれません。
その時、当然ながら、外部労働市場を見たときに、そういう人がどれくらいいるのか、ということが問題になるように思います。
つまり、労働市場で無理なく採用できる人たちの価値観や考え方を踏まえたときに、組織としてどういう雇用体系を組むのが望ましく、その雇用体系だとどのようなことが成し遂げられるのか、という積み上げの考え方が必要になるのではないかと思うわけです。普通は、「何をするか」の目標から逆算して、必要な人を採用する、と考えるのでしょうが、昨今の価値観のバラツキと人手不足を考えると、そういう逆算の戦略を組み立てられる組織は限られるようにも思います。
まとめ:歩きながらフィットを考える
というわけで、今日は「働き方のフィット」をテーマに歩きながら考えてみました。日経新聞の旅館の話から始まって、ジョブ型とメンバーシップ型の分岐点、そして文化との適合性まで、頭の中を整理してみたけど、どうでしたか?
京都の街を歩いてると、伝統と現代が混ざった雰囲気の中で、働き方の未来もそんな風に柔軟に混ざっていくのだろうなと思います。
最後まで読んでくれてありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い