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「歩きながら考える」

今日のテーマは「トランプ政権との交渉」について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)の毎朝ラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。

こんにちは。ここ最近は、トランプ政権の関税のニュースで持ちきりですが、朝起きてニュース見てたら、トランプ大統領が追加関税に90日の猶予を設けるとのこと。米国は、これから各国との交渉を行うようですが、ベッセント財務長官が「日本が関税交渉の先頭にいるよ」って言ってました

交渉に関しては、ちょうど『異文化理解で磨くグローバル交渉力:「なぜ」を読み解く文化の7タイプ』という本を2025年3月4日に出したんですね。これはオランダの社会心理学者/経営学者であるヘールト・ホフステードの6次元モデルをベースに、世界を7つの文化圏に分け、それぞれの交渉のポイントを纏めた本です。

異文化理解で磨くグローバル交渉力

「異文化理解で磨くグローバル交渉力」 Jean-Pierre Coene/Marc Jacobs(著)祖父江玲奈(監訳)海部夏子(訳)

せっかくなので、今日はお昼を食べた後、オフィスに戻るまでの移動時間を使って、赤澤亮正経済再生担当大臣を先頭にした日本の交渉団の方々に役立つような「トランプ政権との交渉の仕方」を考えてみます。ただ、これはあくまで実際の状況や制約条件を一旦脇に置いて、文化の観点だけからの話ってことで、ゆるく聞いてくださいね。

トランプ政権って、アメリカ文化をそのまま体現してるような政権に見えるんですよね。先程の本の7つの文化圏に基づくと、アメリカは「勝負師」という文化的交渉パターンになるので、その文化的特徴を踏まえて、交渉のポイントを5つ挙げてみます。関税交渉の最前線にいる日本チームに役立つと良いですね。

トランプ政権との交渉、5つのポイント

①ファーストネームでカジュアルに

まず最初に、アメリカって権力距離が低い個人主義の文化ですね。ホフステードのデータだと、アメリカの「権力距離(Power Distance)」は40で、「個人主義(Individualism)」は91と高い。これは、上司とか偉い人との間には役割の違いに基づく緊張感は有っても、上下の格差は低くフラットなのが当たり前ということ。

だから、誰かが口火を切らないとみんな黙ってるみたいな、あまりにも堅苦しい交渉の雰囲気は不自然。スコット・ベッセント財務長官と話すなら、「スコット」って気軽に呼んで、赤澤さんも「亮正(リョーセイ)」って呼び合うようなカジュアルさが出来ると良いですね。トランプ大統領も安倍元首相を「シンゾー」って呼んでましたよね? そういうカジュアルさがアメリカなどの「勝負師」文化での交渉では自然です。堅い敬語っぽい話が続くと、その不自然さから「なんか信頼できない・・・」と思われるかもしれません。

 

②相手の個人的な利益を考える

次に、アメリカの個人主義に着目すること。「個人主義」は非常に高い91です。ということは、眼の前にいるスコット・ベッセント財務長官は、もちろん政権や国を代表してそこに座っているわけだけど、政権や国と一心同体というわけではない、と考える方が自然です。つまり、個人の野心や個人へのメリットが交渉の鍵を握るってこと。

例えば、スコット・ベッセント財務長官の個人的なニーズが「金融業界での名声の確保」だったとしたら、「スコット、日本金融市場でこれを実現すれば、ウォール街はあなたを高く評価するのではないですか?」みたいな提案が響くかもしれない。彼がトランプ大統領を説得したり、政権内で調整する動機になるような個人的なメリットを意識するのが大事。日本だと、テーブルの向こう側に座っている交渉相手は、相手集団と一心同体と考えられるかもしれませんが、「勝負師」文化では必ずしもそうではありません。「自分の為」が優先される度合いが日本よりも高い、と考えておいたほうが良いでしょう。

 

③「今だけ、あなただけ」のオファー

3つ目は、アメリカの短期志向に着目すること。ホフステードの「長期志向(Long-Term Orientation)」指標で見ると、アメリカは26で、日本(88)に比べて極端に短期志向であることがわかります。これは、長期的な果実より今すぐの成果を重視する傾向が強くなりますね。

だから、「今回の交渉内で決めてくれたら、日本からは、これとこれが譲歩出来る。この交渉の機会を逃すと、こっちは難しくなる。どうする?」とか、「スコット、あなただけにこの特別オファー持ってきたんだ」みたいな、テレビショッピングっぽい提案が効くかもしれませんね。今回の「90日間関税上乗せを停止」って決断も、まさに「勝負師」そのもの。じっくり時間をかけるより、「今決めてくれなきゃ終わりだよ」って勢いで交渉してます。ホフステードのデータが示すように、こういう不確実性の低い短期決戦感がアメリカなどの「勝負師」の文化に合ってるのかもしれませんね。

 

④ボクシングみたいにガチンコでも冷静に

4つ目は、交渉の場のタフさですね。アメリカは「男性性(Masculinity)」が62で、競争と勝ち負けにこだわる文化。感情は弱さのサインとして見なされます。

だから、会議はボクシングの殴り合いみたいな派手な打ち合いになるかもしれません。相手が煽ってきても、感情は見せず、「へえ、面白い意見だね」って冷静に皮肉でも返してやりましょう。終わったら一緒にお酒でも飲みに行って、「あの時はやってくれたな!ははははは!(笑)」って笑いにできるくらい割り切るので良いのではないでしょうか。「勝負師」の文化では、仕事における交渉の場は交渉の場。終わったら、交渉は個人の生活とは切り離されるのが自然です。

 

⑤過剰な売り込み

最後は、「勝負師」らしい過剰なセールストーク。「勝負師」の文化では、派手な売り込みが当たり前になる傾向があります。競争と成果をアピールするのが文化的な特徴ですね。こちらの提案の素晴らしさを、日本人が考える売り込み度合いの2倍くらいの感覚で売り込みましょう。

例えば、「このオファー蹴ったら、アメリカで機会損失になる雇用創出効果は、年間1000億ドルだよ」とか、「スコット、あなたのおかげでアメリカの製造業が再び世界一になる!」みたいな、数字と大げさな言葉でぐいぐい押すのが自然です。日本だと、過剰なセールスは「調和が乱れるな」って引かれそうだけど、「勝負師」文化では普通です。

文化の違いが交渉の鍵

こんな感じで、ホフステードの6次元モデルをベースに考えると、文化によってベースになる交渉の「型」のようなものが有ることがわかります。トランプ政権との交渉は、日本流とは全然違うアプローチが必要になることでしょう。権力格差が低くて、個人主義で、短期志向で、男性性が強い「勝負師」文化を理解すると、「なるほど、こう攻めればいいのか」という仮説が見えてきます。

ニュースで報道されている感じだと、赤澤大臣とスコット・ベッセントと話す場面はすぐ来るんでしょうかね。どういう交渉になるかちょっと興味がそそられますね。ぜひ、文化の観点を上手く活かした日本の為の交渉をしてほしいものです。

おわりに

というわけで、今日は「トランプ政権との交渉の仕方」を歩きながら考えてみました。ただ、繰り返しですけど、これは実際の状況や制約条件は一旦脇に置いて、あくまで文化の観点からの話なんで、そこはご了承くださいね。

ホフステードの6次元モデルや『異文化理解で磨くグローバル交渉力』でまとめた文化の視点って、こういう場面で使うと面白いなって思います。もし「私ならこんな交渉してみたい!」とか「このポイント気になるな」って思った方がいたら、ぜひSNSでシェアしてコメントください。赤澤大臣に届くかは分からないけど(笑)、誰かのヒントになれば嬉しいですね。

ここで書いた内容のより詳細な話は「異文化理解で磨くグローバル交渉力:「なぜ」を読み解く文化の7タイプ」に詳しく書いてありますので、ご興味があればぜひ読んでみてください。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

異文化理解で磨くグローバル交渉力

「異文化理解で磨くグローバル交渉力」 Jean-Pierre Coene/Marc Jacobs(著)祖父江玲奈(監訳)海部夏子(訳)


渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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