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BTSが帰ってくる6月、アメリカの「男らしさ」は彼らをどう迎えるのか – 歩きながら考える vol.64

今日のテーマは、この6月に除隊を迎えてメンバーが復帰するBTSと文化的価値観が変わった現状の話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は家に帰りながら、ちょっと興味深いタイミングについて考えてみようと思います。今月6月、兵役を終えたBTSのメンバー5人が除隊ラッシュを迎えて、ついにメンバーが復帰するとのこと。で、このタイミングが実に面白いなと。6月8日の毎日新聞に載ってたソウル大学韓流研究センターの洪錫敬(ホン・ソクキョン)センター長のインタビューを読んで、歩きながら考えちゃいました。
BTSは「マッチョな男らしさ」へのカウンターカルチャーだった
洪センター長が言ってて「なるほど!」と思ったのが、BTSがアメリカで受け入れられた理由。もちろん音楽の素晴らしさがあってこそですが、それに加えて「マッチョで威圧的な男らしさを超える新しいスタイル」として革命的だったのではないかという指摘です。
考えてみれば、確かにそうかもしれません。メイクをして、肌が綺麗で、筋肉隆々というよりシュッとした感じ。ハリウッド映画に出てくるような、いかにも「男らしい」ヒーローとは真逆のイメージですよね。
で、面白いのが、このBTSの存在がLGBTQ+の文化と共鳴していて、性的アイデンティティを模索する欧米の10代にとって「第1次資料」として参考にされているという話。つまり、BTSは音楽を通じて、伝統的な「男らしさ」の概念に風穴を開けたと考えられるかもしれません。
ホフステードの「男性性・女性性」で読み解くと
BTSが巻き起こした潮流ですが、オランダの社会心理学者・経営学者のヘールト・ホフステードの文化理論を使って分析すると下記のような話が見えてくるかもしれません。
彼の6次元モデルの中に「男性性・女性性」という次元があります。男性性の価値観っていうのは、社会的な成功とか、競争で勝つこととか、大きな会社に入って出世することを重視する。一方、女性性の価値観は、弱者へのケアとか、連帯の重視とか、生活の質を大事にする。
BTSが世界的に受け入れられた2010年代後半から2020年代前半って、まさに社会が「女性性」の価値観を重視していた時期だったのかもしれません。多様性とか、包摂性とか、そういう価値観が主流であったように思います。
アメリカの振り子が「男性性」に振り戻した今
ところが、ですよ。BTSメンバーが兵役に行ってる間に、アメリカの社会は大きく変わってしまったようです。トランプ政権の復活で、振り子が思いっきり「男性性」の方向に振れているように見えます。
洪センター長も指摘してましたけど、「トランプ米大統領の支持者からは敵視されています」って。つまり、BTSが体現する価値観と、今のアメリカの政治的な雰囲気が対立する可能性があるわけです。
これ、すごく興味深いタイミングだと思いません? 女性性の時代に世界を席巻したBTSが、男性性に振り切れたアメリカに戻ってくる。アメリカ国内にはBTSを支持するファンがたくさんいるはずなのに、それを表立って言いにくい雰囲気になってるかもしれない。
ファンダムの「2極化」という新しい現象
さらに面白いのが、BTSのファンダム自体にも構造的な変化が起きているという話。HYBEが作った「Weverse」というプラットフォームが、ファンコミュニティの管理を一元化しようとしているとのことです。
洪センター長によると、これによってファンダムが2極化するのではないかと。つまり、事務所による管理を受け入れるファンと、従来通り横の連携で自律的に活動したいファンに分かれる可能性があるという。
これ、ホフステードの「権力格差」の概念でも説明できそうです。権力格差が高い文化におけるファンマネジメントのやり方に慣れているファン、例えば新興国で見られるような集団的な管理に慣れている場合は、比較的受け入れやすいかもしれません。一方、権力格差が低い文化、例えばアメリカのような個人の自立性を重視する文化のファンは、違和感を覚える可能性があります。
面白いのは、これが単純な「離反」じゃなくて「2極化」だってこと。両方のタイプのファンが共存していくという予測なんです。
ここで考えてみると、権力格差が低い文化って、アメリカ、イギリス、ドイツなど、実はホフステードの指標で見ると必ずしも国の数や人口比で多数派とは言えないんですよね。つまり、権力格差が高い文化というのは世界中にかなり多くあるわけです。
だから、この2極化した時に、どちらのファンマネジメントの仕方が一般化するかっていうのは、世界の価値観の流れを見る上で一つの興味深いサンプルと言えるのではないでしょうか。
価値観の衝突が生む、新しい何か
というわけで、今日はBTSの復活をめぐる価値観の話を、歩きながら考えてみました。
女性性の価値観で世界を魅了したBTSが、男性性に振れたアメリカに戻ってくる。ファンダムは管理派と自律派に2極化していく可能性がある。この複雑な状況の中で、BTSがどんな活動を見せてくれるのか。
もしかしたら、この価値観の衝突から、また新しい何かが生まれるかもしれませんね。それこそが、文化の面白さなのかもしれません。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。四条烏丸に着いたので、今日はこの辺で。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い