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節約して寄付する話:小さな向社会的行動が心に与える効果 – 歩きながら考える vol.77

2025.07.03 渡邉 寧
「歩きながら考える」

今回は、節約して寄付すると幸福感が上がるかもしれないという一案について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は昼休みの散歩をしながら、しばらく実践していて、良い効果があるんじゃないかなと感じている習慣について話してみようと思います。心の健康や幸福感に関わる話です。

小さな話ではあるのですが、最近、お昼の外食でサイドメニューや大盛りを頼みたくなった時に、それをやめて、浮いた金額を寄付するっていうことを続けてるんですよ。

日本人の寄付の少なさと、知られていない心への効果

まず、日本人の寄付って、グローバルで見るとめちゃくちゃ少ないんです。

Charities Aid Foundationの”World Givind Index 2023”によると、日本は援助行動で142カ国中139位です。寄付金額も少ないのですが、「他者を助ける」という項目ではなんと調査国で最下位。

この事実の良し悪しはちょっと脇に置いておいたとして、一方で、これだけチャリティーや援助行動、寄付が少ないと、寄付をすることが寄付者の心や気持ちの変化にどんな効果をもたらすのか、実感している人はあまりいないのだと思います。

実際には、日々のちょっとした向社会的行動には幸福感に効果があることが示されています。カリフォルニア大学のSonja Lyubomirsky教授の研究では、6週間の間に、毎週1日集中して5つの親切な行動をした人は、6週間後に幸福感が有意に上昇したそうです。日本で寄付や他者を助ける行動を行う人が少ないのであれば、そうした行動を多く行っている国に比べて、日本の幸福度は低くなるのでは?と思います。

なぜ欧米では寄付が多いのか:心と制度の歴史的な相互作用

でも、なんでアメリカをはじめとした日本以外の国では寄付が多いんでしょうか。

もちろん、キリスト教の「十分の一献金(tithe)」、イスラム教の「ザカート」、ユダヤ教の「ツェダカ」といった宗教的な背景がありますよね。

でも、大きな視点で見ると、これって「心が制度を作り、制度が心を形成する」ということが歴史的に続いてきた結果なんじゃないかって思うんです。

つまり、宗教的な価値観(心)が寄付の制度を作って、その制度の中で生活することで人々の心に向社会的な価値観が根付く。そして、その価値観が現代の寄付促進税制という新たな制度を生み出して、さらに寄付文化を強化していく。この循環が何世代にもわたって続いてきたということなのではないかと思うのです。

日本には、そうした制度的な寄付を促す仕組みが相対的に限られていて、向社会性が低い状態にあるということなのかもしれません。

名古屋大学の石井敬子先生と一橋大学の鄭少鳳先生の研究では、実際に北米の人と日本人を比較すると、日本の人はアメリカの人に比べて共感的関心、すなわち他者に対して思いやりを持って関心を向けることが低いことが示されています。特に面白いのが、何か悪いことや困ったことが起きた時に、日本の人はそれを共感的に捉えるんじゃなくて、「何か社会的なルールを破ったからそういう目にあっているんでしょう」って考える傾向があるそうなんです。

日本型の解決策:誰かのために今ここで努力する

歴史的な経緯で、今の日本の人々の向社会性と幸福感が出来てきたとして、これで良いのだろうかと個人的には思います。じゃあ、どうすればいいのか。

半分冗談で言いますが、「生活の中で節約して寄付する」っていうのが、一つの解じゃないかと思ってるんです。

もっと一般的に言うと、具体的な誰か(非営利団体や社会的な活動をしている個人等)のために、今日、今ここで自分が少し努力(節約等)をして、それを向社会的な行動(寄付等)につなげるという積み重ねをする。そういう自分なりのルールを作っていくっていうやり方が良いんじゃないか、と。

私の場合は、ランチの節約だったりするのですが、「今日は唐揚げつけちゃおうかな」って思って、でも「いや、この300円を寄付に回そう」って考え直す。食べ過ぎ防止にもなるし、寄付もできる。この習慣をしばらく続けているうちに、向社会的な気持ちが少しずつ安定的に形成されていくのを感じるんですね。

なぜこれが日本人に効果的なのか:相互協調的文化の活用

日本において、このようにサポートする他者をイメージすることで自分の向社会的行動を発動させていくっていうやり方がいいと思うのは、相互協調的文化の特徴があるからなんです。

私は、文化と人の行動・制度のあり方等を考えるとき、Jリーグのサッカーチームを観察することで示唆を得ることが多いんですよ。

その中で、ブラウブリッツ秋田の吉田謙監督の言葉が印象的でした。「人間っていうのは自分のためだったらサボれる。だけど、仲間のためだったら走るでしょ」

他人を意識すると「ちゃんとしなきゃ」という動機づけが湧いてくる。これは理論的に言うと、文化心理学で言う「相互協調的文化」の特徴なんです。相互協調的文化では、自分と他者の間の境界線は曖昧で、自分の考えや行動のトリガーとして他者の存在があることが言われています。

この他者をトリガーとして自分の寄付行動や向社会的行動、協力行動を行うっていうのは、最近話題の「推し活」と、心の仕組み的にはすごく似てるんじゃないでしょうか。推しのために頑張る、推しを応援するために自分も成長する。これも、他者の存在が自分の行動を駆動する典型例ですよね。

小さな行動から始まる心の変化

実際、この小さな習慣は、自分の心の平穏にもつながります。

誰かの役に立っているかもしれないという感覚、自分の欲望をコントロールできたという達成感、そして実際に行動に移したという充実感。これらが日々の生活に小さな意味を与えてくれると思います。

というわけで、今日は節約と寄付の話から、日本型の向社会的行動のあり方まで考えてみました。

大きな制度改革を待つより、まず自分から小さなルールを作って実践する。それが心の健康にもつながるし、日本の文化に合った寄付のカタチかもしれません。

もし「私も何か小さな向社会的ルール作ってみようかな」とか「こんな方法で実践してるよ」って思った方がいたら、ぜひSNSでシェアして教えてください。日本らしい寄付文化、一緒に作っていけたらいいですね。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。オフィスに着いたので今日はこの辺で。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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