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権力格差が高い社会のリーダーシップ論:後ろ向きで階段を上る話 – 歩きながら考える vol.78

2025.07.04 渡邉 寧
「歩きながら考える」

今回は、権力格差が高い文化におけるリーダーシップスタイルについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は、ワークショップの開始時間を1時間も間違えちゃいまして、ぽっかり空いた時間に考えたことをお話ししようと思います。テーマは「権力格差が高い社会におけるリーダーシップ」について。ちょっと堅い感じがしますけど、実は私たちの日常にすごく関係のある話なんですよね。歩きながら、ゆるく考えてみます。

出世すればするほど見えなくなるもの

まず最初に、組織で出世を目指す人たちの「視線の向き」について考えてみたいんです。

会社で働いていると、多くの人が「上に行きたい」って思いますよね。課長になりたい、部長になりたい。もしくはもっと良い会社に移りたい、等。上のポジションを見て、そこに登っていきたいという欲求。これ、自然なことだと思います。

で、上に行きたいと思うと、当然ながら上のポジションに意識が集中しますよね。どうすればプロモーションできるのか。どうすれば良い転職が出来るのか。上に登ることに意識が向かうのは当然です。そして、上に行きたいと思うと、自然と上の人たちがどう思っているかも意識するようになる。評価してもらうために、期待に応えようとする。これも上に上っていくためには大事なことです。

でもここに、すごく皮肉な構造があるんだと思うんです。

ピラミッド型の組織や社会って、上に行けば行くほど人数が少なくなりますよね。でも逆に言えば、上に行けば行くほど、自分の下にいる人の数は増えていく。課長になれば10人、部長になれば100人、役員になれば1000人…みたいに。

つまり、上のポジションに登ることに意識が集中している人ほど、実は膨大な数の人が自分の下にいるという事実に対する意識が薄くなるんではないかと思うんです。上ばかり見ているうちに、下にいる人たちの存在感が薄れていく。

権力格差が高い社会でのバックラッシュの危険性

ここで大事なのは、権力格差が高い文化の特徴です。

オランダの社会心理学者・経営学者のヘールト・ホフステードは「権力格差」という文化次元を指数で示しました。これは「権力がない人たちが、権力が不平等に分布している状態を容認し、受け入れている程度」のことです。簡単に言うと、上と下の間に権力の差があるのは当たり前で自然だと、下の人たちが受け入れている程度ということですね。

日本は、この権力格差が54。そこまで権力格差が高いわけでは無いけれど、低い文化というわけでもありません。

権力格差が低くない文化の場合、上に上がっていく人は、下に留まる人に対して配慮することが求められます。

下の人たちは、確かに上下関係を受け入れている。でも同時に、「上の人は自分たちのことを考えてくれているはず」「悪いようにはしないはず」という期待も持っている。この期待を裏切るような状況になると、大きなバックラッシュが起きることがある。

国レベルで言えば、革命や暴動がその例ですよね。組織レベルで言えば、集団的なサボタージュが起きたり、内部告発で上司が失脚したり、派閥争いで足を引っ張られたり。普段は従順に見えた部下たちが、ある日突然牙を剥く。それは、上の人たちが下の人たちの期待を裏切り続けた結果であることが多い。

パターナリスティック・リーダーシップの意外な効果

面白いことに、通常あまりその効果が認識されることが少ないパターナリスティック・リーダーシップ(父権的リーダーシップ)に、一定の効果があることが示されています。

パターナリスティック・リーダーシップって、あまりスポットライトが当たる類のリーダーシップ論ではないかもしれません。特に欧米の文脈では。「権威主義的」なイメージがあるので、人気がないかもしれません。

でも、例えば東アジアのような権力格差が高い文化での研究を見ると、パターナリスティック・リーダーシップのうち、慈愛的(部下を思いやる)要素と道徳的(倫理的に振る舞う)要素は、組織のイノベーションと正の相関を示しているんです。

権力格差の高さってイノベーションを阻害すると言われることが多いですね。上下関係が厳しいと、下の人が意見を言いにくくなるかもしれないし、個人が自由に活躍する感じでは無くなるのかもしれない。でも、上の人が部下への思いやりと倫理的な振る舞いを実践すれば、むしろイノベーションを促進する可能性があるということがいくつかの研究で示されています。

後ろ向きで階段を上るリーダーシップ

これらの研究結果を見て思うのですけど、これってメタファーとして、リーダーは「後ろ向きで階段を上るべき」ということなのではないでしょうか。

普通、階段を上るときって前を向きますよね。上を目指すんだから当然です。でも、権力格差が高い社会では、それだけではまずい。

上に行く人と下にいる人の間に権力の差があることは、双方が重々承知している。でも大事なのは、上の人が常に下の人たちのことを気にかけている、「悪いようにはしないよ」という態度を見せ続けること。そして、その態度を実際の行動で実現させることなんではないかと思います。

慈愛的であること、道徳的であること。これらは、まさに「後ろ向きで階段を上り」、常に自分の下に居る大勢の人たちに向かって意識を向け、語り掛けるということではないかと思います。

まとめ:上に行く人ほど、下を大切に

というわけで、今日は権力格差が高い社会でのリーダーシップについて、歩きながら考えてみました。

出世すればするほど、下にいる人の数は増えていく。その人たちは上下関係を受け入れているけど、同時に期待も持っている。その期待を裏切らないためには、「後ろ向きで階段を上る」ような、下への配慮を忘れないリーダーシップが必要なんじゃないかと思います。

もしこの記事を読んで「なるほど」と思った方がいたら、ぜひSNSでシェアしてくれると嬉しいです。日本型のリーダーシップについて、みんなで考えていけたらいいですよね。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。そろそろワークショップがスタートするので会場に戻りたいと思います。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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