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心理的安全性より大切なもの – 日本の組織に本当に必要なリーダーシップとは – 歩きながら考える vol.85

2025.07.15 渡邉 寧
「歩きながら考える」

今回は、日本文化におけるリーダーシップについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は企業向けの異文化対応マネジメントのワークショップを終えて、ちょっと鴨川沿いを軽くランニングのトレーニングをしています。京都の夕方、まだ30度超えてて暑いんですけど、秋のマラソンに向けて少しでも走っておかないとですね。で、走った後のクールダウンで歩きながら、今日のワークショップで感じたことをちょっと話してみようかなと。

10年以上企業ワークショップをやってきて、日本の組織のマネジメントには、ちょっとしたコツがあるんじゃないか、リーダーシップのあり方にも独特のコツがあるんじゃないかということを感じていて。今日はその話をゆるく考えてみます。

「内から湧き出る」北米、「周囲を見回す」日本

みなさん、こんな経験ありませんか?会議で自分の意見はあるんだけど、まず周りの顔色を見てから発言するとか。「これ言っていいのかな」って考えちゃうとか。

これ、文化心理学では相互独立・相互協調の文化的な違いとして説明されます。

北米に多い「相互独立的自己観」は、確固とした自己があって、自分の内面にある考えに従って行動する。一方、日本に多い「相互協調的自己観」は、周囲との境界線が曖昧で、絶えず周囲を参照して、その場で自分に期待されていることを理解して、その役割を果たそうとする。

日本の相互協調性。これ自体は悪いことじゃないんです。チームワークとか協調性とか、日本の強みにもなってますから。でも、ここに組織マネジメントの重要なヒントがあることに気づいたんです。

重要なヒントとはなにか。それは、この相互協調性とリーダーシップの役割との間の関係についてです。

なぜ日本企業で「フィロソフィー」が重要なのか

パナソニックの松下幸之助さんとか、京セラの稲盛和夫さんとか、日本の名だたる経営者って、「経営哲学」を残していることが多いですよね。稲盛さんの本なんか読むと、仕事のやり方というより「人としてどうあるべきか」みたいな話が多い。

なんでこんなに哲学が大事にされるのか。それは、相互協調的自己観を持つ日本人にとって、外部の参照点を必要とする度合が高いからではないかと思うのです。周囲を参照して、そこで自分が果たすべき役割やあるべき振る舞いを理解して、それに対して自分を調整しようとする。その際には、明確で価値のある参照点が必要になる。

参照点の質が組織の命運を決める

ここで怖い話をしますね。日本人が相互協調的で、常に外部を参照するとしたら、その参照する対象がインチキだったり、デマだったり、役に立たないものだったらどうなるか。

もうお分かりですよね。組織が迷走するんです。「その時たまたま集まっていた有象無象の周りの人の考え」に振り回される。

さらに、外部の参照点がフラフラしていたり、明確でなかったりしても、やはり組織は迷走します。また、参照点がリーダー自身であった場合も、組織のパフォーマンスにブレが出る可能性があります。なぜなら、リーダーのパフォーマンスや力量は常に一定とは限らないし、そもそもそのリーダーが引退したり亡くなってしまった後に、何を参照すればいいのかわからなくなるからです。さらに、日本の集団主義的特徴のために忖度をすることが多いんだけれども、その忖度が必ずしも正しいとは限らない。

だからこそ、「本当に価値のある参照点」を作ることが死活的に重要なんじゃないかと思うのです。困った時に立ち戻れる金言、逸話、事例。それをきっちりまとめて、参照可能な状態にしておく。

ホフステードの文化次元で見る日本のマネジメント

ホフステードの文化次元理論に基づくと、日本は権力格差が54(やや高め)、不確実性の回避が92(世界トップクラス)。このパターンでは、権力者がルールや規則、外部の参照点を明確に定義することが期待されます。

つまり、権力者の内心を慮って忖度して行動するのではなく、権力者自身が作った外部基準を参照して、その権力者自身も自分が作った参照点に縛られるという形にすることで、忖度やえこひいきみたいな不公正をなくして組織を導いていく。これが日本型マネジメントの要諦なのではないでしょうか。

日本における良いリーダーとは?

これは権力格差が低くて(40)不確実性の回避も低い(46)アメリカのリーダーシップや組織作りとは、根本的に異なるアプローチです。

例えば、近年よく話題に上る「心理的安全性」。なぜ「心理的安全性」みたいな話がアメリカから出てきたかというと、それは内から湧き起こるものに従って個人が活動し活躍することを前提にしているからだと思うのです。そういう個人が心配なく安心して活躍できるような環境が必要で、それが心理的安全性という形で定義されている。

また、リーダーシップ論において、なぜサーバントリーダーシップやシェアードリーダーシップみたいな話が出てくるのかというと、これも同じ話で、内から湧き起こる力を持った個人が活躍するのが前提としてあるからなのではないかと思うのです。リーダーの役割は力のある個人をサポートしたり、個々人がそれぞれのリーダーシップを発揮して共有していくという形の議論が展開されるわけです。

そこから考えると、必ずしもこれらのアメリカで言われている組織論やリーダーシップスタイルが、そのまま日本の文化的環境で使えるのだろうかというのは、ちょっと立ち止まって考えてみたほうがいいかもしれません。

むしろ、過去の稲盛和夫さんや松下幸之助さんのように、参照点としての規律や哲学を作り、それにメンバーの心が向かっていくような形を作るというリーダーシップスタイルが重要なのではないでしょうか。

つまり、日本における良いリーダーっていうのは、良いフィロソフィーとか良いルールを作り、そのリアリティを高められる人、ということになるんじゃないでしょうか。カリスマ的に引っ張るというよりも、みんなが納得して参照できる「北極星」を示せる人。それが日本型リーダーシップの本質なのかもしれません。

まとめ:あなたの組織の「北極星」は何ですか?

というわけで、今日は日本人の相互協調的自己観と、それに合ったマネジメントスタイルについて、歩きながら考えてみました。

みなさんの会社には、困った時に参照できる「10か条」みたいなルールってありますか?それは本当に「信じるに足るもの」として組織の中で位置づけられていますか?

もしこの記事を読んで「うちの会社もそうだな」とか「こんなフィロソフィーがあるよ」みたいな話があったら、ぜひSNSでシェアしてコメントください。実際の企業の事例を聞けると嬉しいです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。もう四条を越えて家も近いので、今日はこの辺で。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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