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AIが解く150年来の宿題:東大大学院の英語化から見える新しい可能性 – 歩きながら考える vol.96

今回は、大学教育を英語でするか日本語でするかというジレンマをAIがついに解決してくれそうな未来について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は駅から家に向かって歩きながら、ちょっと大学の英語化について考えたので、お話ししたいと思います。
きっかけは、東大の大学院工学系研究科が授業を英語化するというニュースを見たことでした。最初は正直、「あぁ、またか」って思ったんですよ。でも、歩きながらよく考えてみたら、「待てよ、今は2025年だ。もしかしたら、これまでとは違う展開があるんじゃないか?」って気づいたんです。
質の高い議論こそが教育の本質
東大の工学系研究科、2025年度から一部の授業を英語で実施して、2026年度には原則英語化するそうです。背景には、領域的に英語が必須であるということと留学生が4割もいるという現実があるそうです。
でも、ここでどうしても外せないことは、教育効果を得るためには何が大事かってことなんです。学生も教員も、自分の専門領域で熟達していくためには、質の高いアウトプットをして、その質の高いアウトプットに基づいて、質の高い議論を質の高い人たちと行うことがどうしても必要じゃないですか。
言語って、この「質の高い議論」を実現するための重要なツールなんですよね。そして、質の高いアウトプット・議論をするためには、どうしても母語を使う必要がある。言語は単にコミュニケーションの道具じゃなくて、思考を深めるためのツール。かつての研究者たちも指摘してきたことですが、例えばノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士も、母語で学ぶことの重要性について語っています。
明治から続く「永遠のジレンマ」
この問題、実は明治維新以来ずっと日本が抱えてきた宿題ですよね。日本語で教育するのか、英語で教育するのか。
一方で、日本は母語で高等教育を完結できる恵まれた国です。複雑な近代科学を論理的に書き記すに足る語彙を持っている言語って、世界的に見ても限られているそうです。
でも同時に、研究成果は英語で発表しないと世界に届かない。学会発表も、論文投稿も基本的に英語。海外から優秀な研究者を呼んで議論しようと思ったら、やっぱり英語が必要。
これ、どっちを立てても、どっちかが引っ込むトレードオフの関係でしたね。150年間、ずーっと。
AIがもたらす「言語チャンポンOK」の世界
ところが、ここ数年で状況が激変しました。
大規模言語モデルの登場で、このトレードオフが解消される可能性が本当に見えてきましたね。
想像してみてください。議論の場で、英語が得意な人は英語で話す。日本語話者も可能な限り英語を使う。でも、「ここから先は日本語じゃないとうまく話せない、考えられない」というところに来たら、遠慮なく日本語を混ぜちゃう。英語と日本語のチャンポンでいいんです。
で、AIがそれをリアルタイムで翻訳してくれる。面白いのは、AIの助けがなくても、参加者それぞれが分かる部分もあるってことです。留学生にとっても、こういう場は日本語を学ぶ機会になるかもしれません。
これ、すごく現実的じゃないですか? 完璧な英語か完璧な日本語かという二者択一じゃなくて、「混ぜてもいいよ、AIがサポートするから」という新しいコミュニケーションスタイル。
東大の挑戦が示す新しい可能性
そう考えると、東大工学系研究科の今回の動きは、単なる「英語化」じゃなくて、新しい教育モデルの実験場になる可能性があるんじゃないでしょうか。
先行して英語化が必要な研究科で、AIを使ったツールの整備を進めてもらい、それを後続する学校が導入すればよいと思います。
AIツールを積極的に導入して、言語の壁を気にせずに質の高い議論を実現する。これまでの「日本語か英語か」という硬直的な選択から、「使いたい言語を使って、AIがつなぐ」という柔軟なスタイルへ。
もちろん、課題はあるでしょう。専門用語の翻訳精度とか、微妙なニュアンスの伝達とか。でも、技術の進化スピードを考えると、これらも時間の問題かもしれません。
みなさんはどう思いますか? 自分の専門分野で、言語を気にせずに質の高い議論ができたら、どんな可能性が広がりそうですか?
明治維新から150年。ついに、この宿題に答えが出せる時代が来たのかもしれません。そんなことを考えながら、今日も歩いています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い