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筋トレ人材を採用する会社から見える、個人のライフスタイルを活かす新しい雇用の仕組み – 歩きながら考える vol.98

2025.08.04 渡邉 寧
「歩きながら考える」

今回は、ボディビル選手を積極的に採用する介護事業者から考える個人主義時代の雇用体制について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、最近読んだ日経新聞の記事から考えたことを話してみようと思います。8月2日の記事で、名古屋の介護会社ビジョナリーが「マッチョ採用」で売上10倍になったという話を読んで、これは面白いなと。歩きながら、個人主義が進む時代の新しい採用戦略について考えてみます。

個人のライフスタイルを理解し、活かす採用戦略

記事によると、名古屋の介護会社ビジョナリーは筋トレに情熱を注ぐ人たち、特にボディビル選手を積極的に採用しているそうです。福利厚生としてプロテインやジムの利用補助を提供し、筋トレを優先したいという彼らのライフスタイルを理解し、サポートしているとのこと。

これって、働き方の大きな変化を的確に捉えていると思うんです。高度経済成長期のような「会社一筋」という価値観は薄れてきましたが、かといって2000年代前半ぐらいまでは個人のライフスタイルが採用や働き方に反映されるということもあまりなかったように思います。ただ、2010年代以降になって個人主義化がもう一歩進み、自分のライフスタイルを大切にしながら働くことの価値を強く持つ人が増えてきた、ということなのかもしれません。

ビジョナリーの事例が面白いのは、この変化に着目して、個人のライフスタイルと仕事をうまく融合させる仕組みを作ったことだと思います。筋トレに情熱を注ぐ人たちにとって、トレーニングは生活の中心。でも、ボディビルの競技周辺の仕事だけで生活するのはなかなか難しい。そこで「筋トレをしながら働ける環境」を提供することで、優秀な人材を確保しているということですね。

人材確保・現業との相性・事業開発の一石三鳥

この採用戦略の面白いところは、単に人を集めるだけじゃなくて、一石三鳥の効果があることだと思います。

まず、人材確保。介護業界って深刻な人手不足で、厚生労働省によると2026年度には約25万人の介護職員が不足すると予測されています。そんな中で、筋トレ愛好家という新しい人材プールを開拓したのは着眼点が面白い。

次に、現業との相性の良さ。介護って体力が必要な仕事でもあるから、日頃から鍛えている人たちは即戦力に近い。しかも、利用者さんとのコミュニケーションのきっかけにもなる。仕事と趣味がwin-winの関係になっています。

そして、将来的な事業開発。記事によると、アメリカ進出も視野に入れているそうで、海外の富裕層向けの高単価サービスも展開できる。マッチョな介護士というブランドが、新しい市場開拓の武器になるのだと思います。

ライフスタイル×仕事の新しい可能性

このビジョナリーの事例を見て思ったのは、同じようなパターンって他の業界でも作れるんじゃないかってことです。つまり、個人主義の時代において、個人が大切にしているライフスタイルに沿った人事制度を作ることで、人材確保や事業成長を目指すというアプローチです。

例えば、私の周りを見ていると、ヨガやピラティス、瞑想など、健康的で精神的に落ち着いたライフスタイルを大切にする人が結構居ますね。食べるものにも気を使い、丁寧な暮らしをしたいという人が多い。こういう人たちにとって、例えば、農業って実は相性がいいかもしれません。

確かに、現状の農業は労働集約的で厳しい仕事というイメージがあり、実際そういう面もあると思います。でも、例えばオーガニック野菜の少量多品種栽培とか、工夫次第で「丁寧な暮らし」と両立できる農業の形もあるんじゃないでしょうか。仕事自体は大変だと思いますが、日々の運動の実践との相性の良さを考えると、丁寧で、健康的なライフスタイルを重視する人にとっては、オフィスワークのストレスよりも良いという可能性もあるかもしれません。大規模農業法人の広まりを支える新しい担い手として期待できるかもしれません。

教育分野でも、文部科学省の調査では精神疾患で休職する教員が過去最多の7,119人に達していて、教員不足も深刻です。この学校領域でも同じようなアプローチが可能かもしれません。例えば、大学で研究を続けたい人が高校で働いたり、コーチングやカウンセリングに興味がある人、ミュージシャンやアーティストが小中学で働いたり。それぞれの専門性や情熱を活かしながら、教育現場で子どもたちと関わる。完全にフルタイムじゃなくても、複数の人がワークシェアリングで協働すれば、質の高い教育を提供する担い手として貢献できるかもしれません。

まとめ:難しさを前提に、新しい働き方を探索する

というわけで、今日はマッチョ採用の記事から、個人のライフスタイルを活かす新しい働き方について考えてみました。

もちろん、こういうアイデアに対して「そんなに簡単にいくわけがない」という反論は必ずあると思います。実際、労働法規の問題、収入の安定性、組織運営の複雑さなど、クリアすべき課題は山ほどあるでしょう。

でも、ビジョナリーの事例が示しているのは、難しさを前提としつつも、新しい雇用の仕方、働き方、作業の仕方を探索することで、人材不足という社会課題に対する創造的な解決策が見つかる可能性があるということではないかと思います。

個人主義化が進む時代だからこそ、個人のライフスタイルと仕事をうまく融合させる方法を考える。それが、人材不足に悩む業界にとっても、自分らしく生きたい個人にとっても、win-winの関係を作る鍵になるんじゃないでしょうか。

もしこの記事を読んで「うちの業界でもこんなことできそう!」って思った方がいたら、ぜひSNSでシェアして教えてください。みんなで新しい働き方のアイデアを出し合えたら面白いなと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

 

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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