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文化の観点で考える、日本の政党制が30年かけて元に戻った理由 – 歩きながら考える vol.109

2025.08.20 渡邉 寧

今日のテーマは、2大政党制を目指した政治改革から30年経ち、結局また多党制に戻ってしまった事象に関して。文化の観点から読み解きます。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。

*文化以外のテーマも含むシリーズ全編は、筆者の個人のページで平日毎朝6時半に公開しています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、8月15日の日経新聞の記事から考えたことを話してみようと思います。「多党化傾向に、日本もまた元に戻ってますよね」という内容でした。実際、今の国会を見ると、自民党、公明党、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会、参政党、共産党、れいわ、保守党、チームみらい、等々と、完全に多党制です。90年代に二大政党制を目指したはずなのに、30年かけて振り出しに戻った。なぜこんなことが起きたのか、歩きながら考えてみました。

55年体制:日本の権力格差が生んだ一党優位

1955年から1993年まで続いた「55年体制」。自民党の一党優位体制でした。なぜ日本はこういう体制が長期に続いたのか。

もちろん理由は様々ですが、ここでは文化の観点で考えてみます。オランダの社会心理学者・経営学者である、ホフステードの文化次元研究をもとに考えてみます。彼は各国の「権力格差」を数値化しました。ホフステード指標に基づくと日本の権力格差は54。これ、絶妙な数字なんです。

アメリカ(40)やイギリス(35)のように低ければ、権力は分散し入れ替え可能な状態が自然になる。場合によっては二大政党が拮抗するという状況も自然です。逆にもっと高ければ(70以上とか)、一党独裁の方が適しているかもしれない。日本の54という「中程度」の権力格差では、一党優位だけど完全独裁ではないという状態が自然に生まれやすいのではないかと思います。

実際、サルトーリという政治学者の分類でも、日本は「一党優位政党制」とされています。

自民党は確かに与党でしたが、社会党と常に国会対策で折衝し、根回しをしていた。党内も宏池会(リベラル系)と清和会(保守系)など派閥があって、多様な意見が共存していた。これが日本の権力格差54という文化に最も「自然な」政治の進め方だったのではないかと思います。

90年代改革:文化を無視した制度輸入

ところが1990年代、リクルート事件などを契機に政治改革が始まりました。目指したのはアメリカ・イギリス型の二大政党制。小選挙区制を導入して、政権交代可能な二つの大政党による競争を実現しようとしたわけです。

でも、ちょっと待ってください。二大政党制って、権力格差が低く、不確実性の回避が低く、短期志向の文化では自然に成立する制度なんです。「AがダメならすぐにBにスイッチ」という発想が自然な社会の仕組み。

一方、日本は権力格差54、不確実性回避が高く、長期志向。文化的土壌が全然違うんですよね。拮抗する政党が複数あるというよりは、一つの主流がある方が自然。更に、短期でコロコロと政権が変わることは安定性を欠いているような印象を感じて好まれない。

ある制度には、それをサポートする文化的土壌が密接に関わっています。異なる文化的土壌に違う制度を定着させようとするのは困難です。仏教の例え話を借りれば、熱帯の土壌に適したマングローブの種をシベリアの土壌に植えようとしたようなものです。

結果、2009年に民主党が政権を取って「ついに二大政党制が!」と盛り上がりましたが、それは一時的なものでした。

2012年以降:最悪の組み合わせ

更に、2012年の第二次安倍政権以降、皮肉な事態が起きました。小選挙区制の影響で党執行部に権力が集中し、党よりも官邸主導で物事が決まるようになりました。さらに、かつての野党との折衝文化は消えてしまいます。得票率自体は35%程度しかないものの、議会での議席は安定的に過半数を超えていたため、党内や与野党間の調整よりも専制的に物事を決めて進めるスタイルが定着しました。

政治学者のレイプハルトは民主主義には「多数決型」と「コンセンサス型」の2つの民主主義があるとして、「民主主義 vs 民主主義」という対立概念を提示しましたが、2012年以降の自民党は「多数決型の一党優位」という方向に向かいました。

これ、55年体制より民主的じゃないんです。レイプハルトの研究では、コンセンサス型の方が女性の政治参加、福祉政策、民主主義への参加度合など多くの民主主義の質指標で概ね良好と言われています。

2020年代:自然な回帰、でも制度が合ってない

そして現在、日本は再び多党制に戻りました。私は、これは日本の文化的土壌への「自然な回帰」だと思います。

ホフステードの権力格差に照らし合わせてみると、日本は権力格差が低い文化ではない。よって一定程度強い権力を持つ政党や政治家が社会をリードすることが好まれます。一方で、日本は権力格差が高い文化というわけでもない。よって、あまりにも強権的・父権的なやり方は文化的にそぐわない。

ここから考えると、日本では、一党優位+複数の有力野党+コンセンサス形成という組み合わせが、日本の文化に最も適しているのだろうと思うわけです。ある程度の中心的な政党があり、その周辺にいくつか成長可能性のある政党が存在し、相互にコンセンサスを作っていく。これが自然な形なんじゃないでしょうか。

政治改革から30年。そろそろ「輸入」ではなく、日本の土壌に合った民主主義のあり方を再考する時期に来ているのではないかと思います。それに伴い、選挙制度改革を再度議論することも必要になるでしょう。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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