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転勤を嫌う若者たち:「地元志向」が示す新しいキャリア戦略 – 歩きながら考える vol.171

今日のテーマは、中高年の男性の孤独や他者への攻撃性とキャリアの話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。
(*文化以外のテーマを含む全てのブログは筆者の個人Webサイトで読むことが出来ます)
こんにちは。今日は学会で香川に来てまして、お昼休みの時間を使ってちょっと考えごとをシェアしようと思います。
実は最近、11月10日の毎日新聞の記事を読んで、すごく考えさせられたことがあるんです。若い世代が転勤を嫌がる傾向が強まっているという話。記事では「生活圏重視」「人間関係を築き直すのは大変」という学生の声が紹介されていました。
で、これを読んで思い出したのが、前に兵庫の垂水に行った時のこと。以前ブログでも書いたんですけど、金曜の夜、スーパー銭湯に入ったんですよ。そしたら、20代前半くらいの男の子たちが、すごく仲良さそうにお風呂に入ってたんです。なんかこう、地元の仲間って感じで。その光景を見ながら、「ああ、これって単なる遊びじゃなくて、何かもっと深い意味があるのかも」って思ったんですよね。
今日は、若者の転勤拒否と地元志向について、歩きながら考えてみたいと思います。
若者が転勤を嫌う理由 データで見る転勤拒否の実態
まず、実際どれくらい転勤を嫌がる人が増えているのか。
マイナビの調査によると、2026年卒の学生で「転勤の多い会社」を「行きたくない会社」の2位に挙げた人が31.0%。これ、5年連続で増加していて、2019年卒までは20%前後だったものが、ここ数年でぐっと上がっているんです。2025年卒では初めて30%を超えました。
背景には共働き志向の高まりがあると分析されています。マイナビの調査では、男子学生の6割超、女子学生の7割超が「夫婦共働きが望ましい」と回答。自分もパートナーも仕事を持つことが前提だと、どちらかが転勤すると困るわけです。
でも、僕はもう少し違う角度からも考えてみたいんです。

地元ネットワークがセーフティネットになる時代
若い世代って、生まれてからずっと経済停滞、賃金上がらずみたいな社会に住んでるじゃないですか。毎日毎日「日本の経済状況は厳しい」って聞かされていて、「将来なんとかなるだろう」っていう楽観的な感覚って、多分すごく持ちにくいんだと思うんですよ。
で、不安なわけです。その不安を解消するために、意識的にしろ無意識的にしろ、何らかの策を取る。じゃあ、人間がこれまで取ってきた不確実な将来に備える方法って何かというと、一つは大企業のような安定したイメージのある会社に就職することなのかもしれないけど、大企業の採用数には限りがある。そうすると、その他の方法として内集団のネットワークを強固に作る、というのが出てくるのではないか。
つまり、地元の友人関係とか人間関係を濃くすることで、お互いに助け合ったり、融通し合ったりして経済的・社会的なセーフティネットを作る。「困った時はお互い様」みたいな互恵的な関係を築いておくわけです。
垂水のスーパー銭湯で見た若者たちも、きっとそうなのではないかと思うわけです。ただ遊んでるだけじゃなくて、定期的に会って関係性を維持することで、何かあった時に頼れる仲間を作っている。そう考えると、金曜の夜にみんなで銭湯に行くって行動も、実はすごく合理的なセーフティネット構築なんじゃないかと。
で、そういう地元ネットワークを厚くしようとしている人にとって、転勤って最悪じゃないですか。せっかく築いたネットワークから、一時的にしろ継続的にしろ外れてしまうかもしれない。それは困る、嫌だ、となるのは、すごくよくわかります。
もちろん、経験への開放性(新しい経験や変化を積極的に受け入れる性格特性)が高い人は別かもしれません。でも全体の傾向としては、地元にとどまりたいっていう方向が、社会として観察されるんじゃないかと思うんです。

転勤拒否がもたらすキャリア構築の変化
ここからが面白いところなんですけど、転勤を拒否するという選択が、キャリアの作り方を大きく変える可能性があるんじゃないかと思うんですよね。
従来の日本企業、特に大企業では、いろんな支社や地方を回して、様々な部署でジョブローテーションをして、会社全体のことを理解する。そうやって「会社の専門家」になっていくのが、典型的なキャリアパスでした。メンバーシップ型雇用で、社内のジェネラリストを育てるわけです。
でも、転勤しないという選択をすると、会社の専門家になる道は厳しくなる。そうなると、キャリアの構築が難しくなり、長期的には中年以降の給与や雇用が怪しくなる。
じゃあどうするか。一つの可能性としては、自分の専門性を尖らせて、それを武器に会社を変わっていくというやり方があるんじゃないかと思うんですよね。これ、アメリカなどでよく見られる流動性の高いスタイルですよね。
つまり、同じ地域にとどまるという選択をした場合は、特定の専門分野で深い知識やスキルを身につける。そして、その専門性を評価してくれる会社、より良い条件を提示してくれる会社に転職していく。地理的には動かないけど、組織は変わる。地域は固定するけど、組織は流動的に移動するというパターン。これのほうが中長期では給与や雇用は安定するのではないか。
もちろん、これが実際に増えるかどうかは、その会社の中で昇給できるか、やりがいのある仕事につけるかにもよります。一つの会社で満足できれば、わざわざ転職する必要もないわけですから。でも、従来のジョブローテーション型のキャリアが使えないとなると、専門性で勝負するというのが一つの合理的な選択肢になるんじゃないでしょうか。
転勤を許容する人たち 平成的価値観との親和性
一方で、転勤を許容する人たちもいます。この人たちって、もしかしたら平成的な価値観の人と相性がいいのかもしれないですね。
どういうことかというと、まず「片働き」モデル。どちらか一方が稼いで、パートナーは専業主婦(夫)というスタイルだと、パートナーの仕事の都合が制約にならない。だから転勤もしやすい。
そして、個人主義。地縁に頼らず、自分たちで独立してやっていくというスタイルです。地元のネットワークに依存しないから、どこに行っても自分たちでなんとかできる、という感覚ですね。
こういう価値観の人は、全国転勤型のキャリアにも適応しやすいし、企業側から見ても、従来型のジェネラリスト育成ルートに乗せやすい。将来的には経営幹部を目指すような人材として育てていける。
つまり、キャリアの作り方が二極化していくんじゃないかと思うんです。
一つは、転勤許容・個人主義・片働き型で、全国を転々としながら社内ジェネラリストとして育っていくルート。もう一つは、転勤拒否・地縁重視・共働き型で、地域に根を張りながら専門性を深めて転職していくルート。
どちらが良い・悪いという話じゃなくて、自分の価値観やライフスタイルに合った選択をしていく時代になるということですね。

まとめ:合理的な選択としての地元志向
というわけで、今日は若者の転勤拒否と地元志向について、歩きながら考えてみました。
単なる「わがまま」や「移動が面倒」ではなく、経済的不安の中で合理的にセーフティネットを構築しようとする戦略として地元ネットワークを選んでいる。そして、それが従来のジョブローテーション型キャリアから、専門性重視の流動的なキャリアへの転換をもたらすかもしれない。
一方で、転勤を許容する人たちは、個人主義的で片働きモデルと親和性が高く、従来型の社内ジェネラリスト育成ルートを歩んでいく。
こうしたキャリアの二極化が進む中で、企業も、学生も、働く人たちも、自分に合った選択をしていくことが大切になりそうです。
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渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い