BLOGブログ

今日のテーマは、未来に対して楽観的な人が増えている調査結果が出ていることに関して。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。
(*文化以外のテーマを含む全てのブログは筆者の個人Webサイトで読むことが出来ます)
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近見かけた調査データから考えたことを話してみようと思います。マクロミルが毎年やっている新成人調査、今年の結果がちょっと衝撃的だったんですよね。歩きながら、ゆるく考えてみます。
新成人の「超ポジティブ」シフト
きっかけは、2026年1月の日経クロストレンドの記事。マクロミルが毎年「成人の日」前に実施している新成人(20歳)調査で、今年は明らかに回答傾向が違ったそうです。
「これからの日本の政治にどの程度期待できますか」という問いに対して、「期待できる」派が前年の20.6%から56.6%へ。なんと2.7倍です。13年から継続している設問で、長らく20%前後だったものが、一気に過半数を超えた。
「日本の未来」についても同様で、「明るいと思う」派が前年の27.8%から45.2%へ。過去最高だそうです。
自由記入欄では「政治体制の変化」「新政権への期待」が多かったとのこと。昨年の女性初の首相就任が、「日本は変わる」「変われる」という印象を高めているようです。
で、僕がこれを見て思ったのは、これって新成人だけの話なのかな?ということ。調査対象が20歳だから「新成人は楽観的」と報道されていますけど、おそらく他の世代も似たように楽観的になっている可能性がありますよね。もしそうだとしたら、これは社会全体の空気が変わっているということになる。
初の女性首相の誕生が、ここまで世の中の楽観性に影響を与えているのだとしたら、これは本当にすごいことだと思います。長らく「おじいさん中心」だった社会の上層が変わっていく。そういう変化が、国全体の雰囲気を変えるというのは、とても大事な話だなと。

楽観は社会を良くする
心理学の研究では、楽観性が個人にもたらすポジティブな効果はよく知られています。
楽観的な人は自己効力感が高まりやすく、困難な課題を「逃げるべき脅威」ではなく「熟達すべき挑戦」として捉える傾向がある。目標追求に粘り強く取り組み、創造性や問題解決力も高まる。ストレスへの対処も上手になる。
これが社会全体に広がったら、どうなるか。
「日本は変われる」という感覚が共有されることで、実際に変化を起こそうとする人が増える。新しいビジネスを始める人、社会課題に取り組む人、政治に参加する人。そういうエネルギーが生まれる可能性がある。
社会問題の捉え方も変わるかもしれません。最近、少子化について「実は悪くないのでは」という議論が出てきたり、労働力不足も「AIによる失業と相殺される」「人手不足だから賃金が上がる」とポジティブに捉える言説が増えている気がします。これも、社会全体の楽観的な空気と無関係ではないかもしれません。

楽観の「影」の側面
ただ、ここからがちょっと考えどころなんですよね。
心理学の研究で「感情と情報処理」について調べられていることがあります。ポジティブな感情が優勢になると、人の判断はヒューリスティック的(直感的・省エネモード)になりやすい。逆に、ネガティブな感情のときは分析的・慎重な処理が優勢になるということが言われていたりします。
これ、個人レベルの話としてはよく知られているんですけど、社会全体がポジティブな空気に包まれたときも、同じことが起きる可能性があるんじゃないかと思うんです。
つまり、集合的にポジティブな感情が前面に出てくると、社会全体として物事の判断がヒューリスティック的になり、分析的な思考があまり好まれなくなっていく。
すると何が起きるか。
「分析的であること自体が嫌われる」という現象が起きる可能性があります。経済政策への吟味とか、政府の施策に対する批判的検討を行うことが、なんか場違いというか、水を差すというか。意見や提案の内容よりも、「批判的である」「分析的である」という態度自体が嫌悪の対象になってしまう。
よく「批判するなら対案を出せ」という言葉がありますよね。あれ、文字通りに受け取ると「対案を出せ」と言っているように見えますけど、実際には「未来に向けてポジティブなことを言ってほしい」という意味で使われていることが多い気がします。
でも、改善とか改革って、現場の真摯な反省からしか生まれないところがありますよね。「ここがうまくいっていない」「この点は問題だ」という認識があってはじめて、より良い方向に進める。そこをすっ飛ばして「とにかくポジティブに」となると、とんでもない間違いをするリスクがある。
お祭り気分に水を差すなという空気の中で、本当に必要な批判的検討ができなくなる。これは、楽観の「影」の部分だと思います。

「イエス&」のコミュニケーション
じゃあ、どうすればいいのか。
こういう状況では、批判的な視点を持っている人たちの「振る舞い方」がすごくカギになると思うんです。
「イエスバット(Yes, but)」と「イエス&(Yes, and)」という言葉があります。
「イエスバット」は、「そうですね、でも〜」という形で、相手の意見を受け止めつつ反論する。一方、「イエス&」は、「そうですね、そして〜」という形で、相手の意見を受け止めた上で、さらに付け加える。アメリカで有効なコミュニケーションスタイルとして習うことが多いかもしれません。
今の日本で何か批判するときに必要なのは、この「イエス&」のコミュニケーションなんじゃないかと思います。
「日本は変われる、そうですね。そして、ここをこう改善したらもっと良くなる」 「この政策はいろいろと吟味された末に出てきたものですね。そして、この点はもう少し検討を加えると良いと思います」
批判をポジティブなメッセージに変換して、現実的な改善につなげていく。楽観のエネルギーに水を差すのではなく、それを活かしながら建設的な改善を積み重ねていく。
「でも」ではなく「そして」で接続する。これが、ポジティブな空気の中で真摯できちんとした批判の視点を効果的に社会に広めていく一つの知恵なのかもしれません。
まとめ:楽観と批判的思考の両立
というわけで、今日は新成人調査から始まって、集合的な楽観が社会にもたらす光と影について考えてみました。
女性初の首相誕生をきっかけに、日本の空気が変わりつつあるのかもしれない。これ自体はとても良いことだと思います。他にも優れた女性の政治家や、企業で活躍する女性リーダーがどんどん前に出てくるといいですよね。
同時に、ポジティブな空気の中でも批判的思考を手放さないこと。「イエス&」のコミュニケーションで、楽観のエネルギーを現実の改善につなげていくこと。そういうコミュニケーション戦略を考えることの必要性が増しているように思います。
もしこの記事を読んで「最近の空気、そういうことだったのか」とか「イエス&、試してみようかな」と思った方がいたら、ぜひSNSでシェアしてコメントで教えてください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い