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AIスピーキングアプリでは日本人の英語力は上がらない – 歩きながら考える vol.225

2026.02.09 渡邉 寧

今日のテーマは、AIを使った語学学習の「次の一手」について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。
(*文化以外のテーマを含む全てのブログは筆者の個人Webサイトで読むことが出来ます)

こんにちは。今日も歩きながら、最近の自分の語学学習のことを考えていたら、ちょっと面白い問いが浮かんできたので話してみようと思います。テーマは「AIスピーキングアプリでは日本人の英語力は上がらない」です。ちょっと挑発的なタイトルですが、その理由を話してみたいと思います。

AIで語学学習が激変している

最近、AIを使った語学学習アプリがすごい勢いで増えてますよね。AIと音声で会話しながら語学を学べるサービスが次々と出てきていて、もはやAIスピーキング練習は語学学習の標準装備になりつつあります。

僕自身も、BBCのニュースをGrokと一緒に読むという勉強法をやってるんですよ。記事を音読して、見慣れない表現や語彙があったらAIに意味を聞いて、その後、スペルの成り立ちや他の文例について話して記憶に定着させる。これが結構良くて、スペルを見た瞬間に意味がぱっと浮かぶ状態を作るのにすごく役立ってます。

これはもう、数年前とは全然違う世界ですよね。以前なら英会話スクールに通うか、オンライン英会話を予約するか、あるいは留学するかしかなかった。それが今は、スマホ一つで、しかも安価に、好きなだけスピーキングの練習ができる。語学学習の民主化が進んでいるのは間違いないと思います。

でも、これだけで「使える英語」が身につくのか

ただ、ここでちょっと考えたいんです。

こうしたAIスピーキングアプリって、基本的に1対1の会話なんですよね。自分が話して、AIが応答して、また自分が話す。これは語学力、つまり語彙や文法や発音を鍛えるにはとてもいい。でも、実際のコミュニケーションって、それだけじゃないじゃないですか。

例えば、職場の会議やカフェでの雑談を想像してみてください。複数人が同時に話している場に入っていく。誰かの発言に対して、適切なタイミングで自分の意見を挟む。話の流れを読んで、今は聞くべきか、話すべきかを判断する。こういう複数人でのコミュニケーションは、1対1の練習だけでは身につかない。

しかも、日本人にとってこの「複数人の会話に入っていく」ということが特に難しいのには、語学力以外の理由があると思っています。それは、私たちの中に深く刻まれた文化的な傾向です。

社会心理学者の山岸俊男先生の研究によれば、日本社会は「安心社会」であり、長期的な関係の中で相互に監視し合うことで秩序を保っている社会です。一方、アメリカのような「信頼社会」では、初対面の相手でもまず信頼してみて、そこから関係を始める。つまり、コミュニケーションへの入り方が根本的に違う。人間への一般的信頼が高い個人主義的な文化では「まず話しかけてみて、そこから距離感を調整する」のが自然ですが、日本のような一般的信頼が低い文化では「相手との距離感が定まらないと安心して話せない」という傾向がある。

これに加えて、心理学者のロスバウムらが提唱したPrimary control(環境を自分に合わせるように働きかける)とSecondary control(自分を環境に合わせる)という概念で考えると、日本人はSecondary controlの傾向が強い。複数人の会話の中で、まず周りの話を聞いて、場の空気を読んで、それに適応しようとする。個人の主張を前面に出すと「空気読め」ということになりかねない。これは日本の文化の中ではとても合理的な戦略なんですが、英語圏の複数人会話はPrimary controlが前提で動いている。自分から環境に働きかけて、会話の流れに割り込んでいくことが期待されている。Secondary controlの戦略のままだと、永遠に会話に入れないということが起きてしまうんです。

こうした文化的な傾向は、意識を変えれば修正できるような浅いものではなくて、心に深く刻まれたものだと思います。だから、修正するには行動から変えていくしかない。つまり、場数を踏む。ところが、これまではその場数を踏むためのトレーニングの場が圧倒的に少なかった。留学して現地の学校に通えば、複数人の会話に入っていく経験ができたけれど、それは誰もができることではなかった。従来の英会話スクールやオンライン英会話では、ネイティブ同士の会話環境を作るのにコストがかかりすぎて、実現が難しかった。

AIエージェントが「マトリックスのトレーニングルーム」を作る

ここで、AIの新しい可能性が見えてくるんです。

2025年あたりから、AIエージェントの活用が急速に進んでいますよね。複数のAIエージェントを同時に動かして、それぞれに異なる役割を持たせてタスクを処理させるという使い方が、ビジネスの現場でも広がっている。

同じことが、語学の学習環境でもできるはずなんです。様々なペルソナを持ったAIエージェントを作って、そのエージェント同士が会話をしている場に、学習者が入っていく。例えば、こんなイメージです。

自分の文脈を設定する。「アメリカのテック企業で働いていて、チームには直接的な物言いのアメリカ人マネージャーと、穏やかなインド人エンジニアと、議論好きなフランス人デザイナーがいる」みたいな感じで。すると、AIがその設定に合わせて、朝のコーヒースペースでの雑談チームミーティングでの議論プレゼン後の質疑応答といった様々なシチュエーションを作ってくれる。

複数のAIエージェントが自然に会話をしている。学習者はそれを聞きながら、どこで、どうやって会話に入ればいいか考える。でも最初はわからないことが多い。そこで「ここではこういう言い方で入っていったらどう?」というコーチングが入る。場の会話が一瞬ストップして、提案を受けて、学んだうえでトライする。

映画「マトリックス」に、あのバーチャルなトレーニングルームがありましたよね。実戦と同じ環境だけど、何度失敗しても安全で、そこで技術を磨いてから本番に臨む。あのイメージです。

実は、その萌芽はもう出てきています。GoogleのNotebookLMは、2024年9月にAudio Overview機能をリリースして、2人のAIホストがコンテンツについて解説しながら会話してくれる機能を作りました。さらに2024年12月にはインタラクティブモードが追加されて、その会話に「ジャンプイン」して質問できるようになっている。今はまだ質問をするだけですが、この延長線上に、AIエージェント同士の会話に学習者が参加する語学トレーニングが実現する未来は、もうすぐそこにあると思います。

ただ場数を踏むだけでなく、文化を理解する

ただし、一つ大事なことがあると思っています。

このバーチャル訓練環境で単に会話の練習を繰り返すだけでは、おそらく不十分です。「なぜ自分はここで躊躇するのか」「なぜこの文化圏ではいきなり話しかけることが自然なのか」という、文化的な背景の理解が伴って初めて、訓練の効果は質的に変わると思うんです。

例えば、「あ、自分は今Secondary controlの戦略で周りに合わせようとしてるな。でもこの場ではPrimary controlで自分から動いた方が自然なんだな」と自覚できること。山岸先生が指摘した「安心社会」と「信頼社会」の違いを知った上で、「この人たちは初対面でも信頼からスタートするのが前提なんだな」と理解した上でトレーニングすること。こうした文化的自己理解行動訓練の両輪が揃うことで、単なる語学練習を超えた、本当の意味でのコミュニケーション力が身についていくのだと思います。

しかもAIなら、こうしたトレーニングが非常に安価にできる。昔だったら、留学するか、複数のネイティブ講師を雇うかしかなかったような学習体験を、スマホ一つで、誰もが受けられるようになる。これはまさに教育の民主化の次のステージだと感じています。多分今年、そういうサービスが出てくるんじゃないかな、と期待しているところです。

というわけで、今日は「AIスピーキングアプリでは日本人の英語力は上がらない」という少し挑発的なタイトルで、歩きながら考えてみました。もちろん、AIによる1対1の語学練習は素晴らしい。でも、それだけでは足りない。複数人の会話に入っていく力を鍛えるには、文化的な自己理解を伴ったAIエージェントとの訓練が必要になる。そういう未来が、もうすぐ来ると思っています。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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