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AIは日本の「稟議」を変えるか? – 歩きながら考える vol.244

2026.03.10 渡邉 寧

今日のテーマは、三菱UFJ銀行とサカナAIとが組んで、融資の稟議書作成にAI支援を入れる件から考えたことについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。
(*文化以外のテーマを含む全てのブログはnote上で読むことが出来ます)

こんにちは。今日もAI活用の話を1つしたいなと思います。きっかけは、2026年3月6日の日経新聞に載っていた記事。三菱UFJ銀行がサカナAIと組んで、融資の稟議書作成にAIの支援を入れるというニュースです。2026年4月以降に一部の営業店で実証実験を始めて、将来的に全国の営業店に展開するとのこと。

「そうか、今年からか」と思いながら読んでいたんですけど、これ、単なる業務効率化の話じゃなくて、日本の組織文化の根っこに関わるテーマだなと感じたんですよね。歩きながら、ちょっと考えてみます。

日本の文書主義はなぜ硬直化するのか

銀行の稟議って、多分ものすごい文書主義だと思うんですよ。当たり前ですけど、大きな融資をするわけだから、融資先の業績の見通しを多面的に検討しなきゃいけない。多面的な判断と、しっかりしたリスク回避を、全員の知見を集めながらやる。そのためのシステムとして稟議があったんだと思います。

文書主義自体は、別に悪いことじゃない。決まったことを文書化して残していくのは組織運営の基本です。ただ、容易に想像がつくのは、その目的が手段に入れ替わってしまうということ。リスクを避けつつ、多様な検討観点を漏らさずに行い、他部署間で情報共有するという目的のための文書だったものが、いつの間にか文書を作ること自体が目的になっちゃう。

僕も今日びっくりしたんですけど、ある組織で「名前を書いて、決裁の場合は丸をつけるんです」って言われたんですよね。丸のついてない名前は決裁したことにならないから、と。でも、そんなルールどこにも明文化されてない。こういう不文律というか、暗黙のルールがあって、それを外れると弾かれる。

社会学者のロバート・K・マートンは、これを官僚制の「逆機能」と呼んでいます。規則の遵守が行き過ぎると、規則に従うこと自体が目的になってしまう。マートンはこの現象を「目的の転移」と呼びました。マニュアル通りにやることに慣れすぎて、マニュアルにないことには対応できなくなる。これを「訓練された無能力」とも言います。

誰かが新しいアイデアを潰してやろうと思ってやっているわけじゃない。文書主義的な手続きをきちんとやることを徹底していった結果、当初は目的をみんな理解していたのかもしれないけど、形式だけが残って自己増殖する。「昔からこのやり方でやってるんで」「この形式になってないと承認できません」。代替わりしたり引き継がれたりするうちに、大体こう硬直化していくんですよね。

「見えないルールの網」と不確実性の回避

で、なぜ日本でこれが特に起きやすいのか。

国民文化のホフステードの研究では、日本は不確実性の回避が非常に高い文化とされています。この指標は、多くの日本人にとって体感的にも納得感があると思います。明示されたルールはもちろんなんですが、それだけじゃなくて、見えないルールが網の目のように張り巡らされている。そしてそれを守ることが社会的に期待されている。

破ると「何か良くないことが起こる」気がする。そして実際に、「ここがおかしいです」と指摘される。大した問題じゃないことも多いんだけど、指摘されること自体が気分悪い。これが一種の負の報酬になっている。だから、明示的であれ暗黙であれ、ルールを守ることで自分を守る、という行動パターンになっていく。

さらに、日本は集団主義的な文化で、関係流動性が低い。つまり、人間関係が固定的で、一度関係がこじれると逃げ場が少ない。だから周囲との摩擦を避けることの重要性が大きい。「このルール、本当に必要ですか?」と声を上げること自体が、人間関係上のリスクになる。

ルールを変えようとすることがリスクなら、誰もルールに手をつけない。形式は残り、増殖し、硬直化する。しかも、誰も悪意を持ってそうしているわけじゃない。みんな自分を守っているだけ。構造的に硬直化が進んでいくわけですね。

AIは文書主義の硬直性を突破できるかもしれない

で、ここからが面白いところで、AIはこの問題の解決策になるかもしれない、ということです。

どんなに複雑な現場ルールが絡み合っていたとしても、AIは過去の事例を学習するうちに、それを学び取っちゃう。「丸をつける」みたいな不文律も含めて。結局、形骸化してわけがわからなくなっていた硬直的な文書主義も、AIが巻き取ってくれる。同時に、本質的に検討しなきゃいけない観点もAIがアドバイスしてくれる。

今回の三菱UFJ銀行とサカナAIの「AI融資エキスパート」が面白いのは、稟議ドラフトの作成だけじゃなくて、企業の初期分析、顧客へのヒアリング事項の推奨、財務シミュレーションまで、融資業務の一連のプロセスを支援するところです。しかも、銀行員の長年の経験に基づく「暗黙知」もAIに取り込んでいるという。

これ、まさに文書主義とAIの相性の良さを示していると思うんですよね。「見えないルールの網」に人間が怯えながら対処していたところを、AIが淡々と引き受けてくれる。人間は、ルール遵守のストレスから解放されて、「この融資先は本当に大丈夫か」「リスクの本質はどこにあるか」という、本来考えるべきことに集中できるようになる。

大きな組織、文書主義で動いている大きな組織がAIを使うことで、日本の職場の閉塞感、ブルシット・ジョブ(人類学者デヴィッド・グレーバーの概念で、本人すら意味がないと感じている仕事のこと)化してしまっている部分は大きく改善される可能性がある。だから、メガバンクでこういう実証実験が始まるというニュースには注目しちゃうわけです。

でも、稟議が「面倒な手続き」だけだったわけじゃない

ただ、手放しで楽観できるかというと、ちょっと立ち止まって考えたいこともあります。

もともと稟議って、何のためにあったのか。表面的には決裁のための文書手続きですが、その裏側には別の機能もあったはずなんです。稟議書を持って関係部署を回る過程で、多方面のステークホルダーを巻き込むことになる。異なる専門性を持った人たちが一つの案件について考え、多面的な熟議が生まれる。そしてその過程で、部署を超えた人間関係が構築されていく。

例えば、稟議書を持って別部署に説明に行く途中で、廊下で雑談が生まれる。「そういえばあの取引先、最近こんな話聞いたよ」みたいな情報が偶然入ってくる。社会学者のグラノヴェターが「弱い紐帯の強さ」と呼んだ現象ですが、普段密に連携していない人との薄いつながりからこそ、予想外の重要な情報が入ってくることがある。

AIの情報量は確かに膨大です。細かいことにも気づくでしょう。でも、それは構造化された情報の世界の話であって、仕事とは関係ない場面での会話が実はプロジェクトに関連していた、みたいな偶発的な情報の交差は拾いにくい。不完全な人間の集団が、面倒な稟議プロセスを通じて偶然に視野を交差させていたからこそ、突拍子もないところにある落とし穴に気づけた——そういう機能が仮にあったとすると、AIが形式を引き受けた後にそれをどう補うかは、考えておく必要があるかもしれません。

文書主義の硬直性をAIが溶かしてくれるのは歓迎すべきことだと思います。でも、溶かした後に何を残して、何を新たに設計するか。それは結局、人間の仕事なんでしょうね。

まとめ

というわけで、今日は三菱UFJ銀行とサカナAIのニュースから、日本の文書主義とAIについて歩きながら考えてみました。不確実性の回避が高くて関係流動性が低い日本の組織では、ルールの硬直化が構造的に起きやすい。AIはその問題を突破してくれるかもしれないけど、稟議が果たしていた「人と人をつなぐ」機能まで一緒に消してしまわないよう、ちょっと注意が必要かもしれないな、と思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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