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「組織コミットメント」:古くからの概念が示す新しい視点
「組織コミットメント」という概念は組織行動の研究分野で古くから語られており、新鮮さを感じにくいかもしれません。しかし、組織や人々の課題を解決したいと思うならば、この概念を深く考えることは有益だと最近思うようになりました。
新しい概念が次々と海外から紹介されるのはビジネス上必要かもしれませんが、往々にしてそれらはすでに詳しく検討された概念と重なっていたりします。そして、古くからある概念は、それが何をもたらすのか(効果)、どのようにしてそれが形成されるのか(起因)、どのような経路や条件で効果をもたらすのか(媒介・境界条件)に関して実証研究の蓄積があります。こういう知見の蓄積を生かさない手はないと思うのです。
次々に出てくる新しい概念を活用するのも良いのですが、既存の基本的な概念をちゃんと理解して、使ってみることが効率的なのではないかと思っています。先日、とあるチームのサッカーの試合を観ていて、試合後の監督会見での監督発言を聞いて、コミットメントに関して考えることがありましたので、それについて書いていきます。
プロスポーツの監督から学ぶ、組織へのコミットメント
私は、プロスポーツのチーム監督から学べることがたくさんあると感じています。ここ5年くらいは、特にサッカーの監督に注目しています。理由はいくつかあるのですが、一つには、マネージャーの在り方を考える上で監督が参考になると感じることがあります。監督は決してプレーヤーとしてはフィールドに入れないけれど、チームに影響を与えて成果に繋げる必要があります。そこが、あるべきマネジメントを考える上で参考になると思っています。また、働き方が野球型からフットボール型に変化している(プレーがダイナミックで同時的)と言われる中、フットボール系のスポーツの監督を観察することは企業組織への示唆が大きいと感じることも、スポーツチームの監督に注目する理由です。
ここで「組織コミットメント」です。プロサッカーの世界は仕事の流動性が高く、監督は数年でチームを移っていきます。そのような状況で、「組織コミットメント」というのはあり得るのでしょうか?また、あり得るとしたら、それはどのような状態で存在するのでしょうか?
これを考えることは非常に興味深い。なぜなら、一般企業でも徐々に仕事の流動性(Job mobility)が高まることが予想されており、サッカー監督の組織コミットメントと似た状況になる可能性があるからです。仕事の形態がプロジェクト型になるにつれ、数か月~数年くらいの期間、プロジェクトにコミットをして成果を出し、次のプロジェクトに移っていくという働き方になります。従来の終身雇用を前提とした長期ではないコミットメント形態が、一般企業でも一般的になる可能性があります。
コミットメントの「対象」と「種類」
プロ監督にはコミットメントが求められますが、最近分かったことが、コミットメントは「対象」と「種類」で分類して考えると面白いということ。これは、複数の監督の言葉や態度を観察していて、監督によってだいぶコミットメントの「対象」と「種類」が異なるという気づきから考えるようになりました。
まず、コミットメントの対象について。監督がコミットする対象には様々なレベルがあります。それは次のような感じです:
- ①試合
- ②選手
- ③チーム
- ④地域
- ⑤Jリーグ
- ⑥サッカー界
- ⑦社会
プロスポーツは結果が全てなので、①試合へのコミットメントは絶対必要と言えるでしょう。全ての監督は①試合に対してコミットしています。そうでなければ、その職を失う可能性がある。しかし、それ以外の項目にどこまでコミットしているかは、監督によって大きく異なるように見える。
「試合に勝つことが全て」と考えていると、②選手のキャリア向上や③チームの長期的な強化にコミットする可能性は低くなるかもしれません。こういう監督も結構居る。また、数年で次のチームに移ることを前提にしていると、④地域へのコミットメントはほとんど無いのかもしれません。さらに、⑤Jリーグ、⑥サッカー界、⑦社会への影響は個人である監督が及ぼすものではないと考えるならば、これらへのコミットメントは考慮しないことが普通かもしれません。
こうした対象へのコミットメントの程度とともに、監督のコミットメントの種類にも違いがあります。ここに関しては学術研究でほぼ定説になっている議論があります。コミットメントの構造に関しては多くの議論があったのですが、AllenとMeyerが1990年に3次元の組織コミットメントの概念を提唱して以降、多くの研究者がこの枠組みを採用しています。それによれば、コミットメントは感情的(Affective)、存続的(Continuance)、規範的(Normative)の3次元で構成されていると考えられます。
リーダーが持つべきコミットメントのかたち
この分類を活用すると、上記の7つの対象と3つの種類を組み合わせて、21のコミットメント空間を考えることができます。世の中には色々な監督がいますが、それぞれの監督のコミットメントは、この空間の中でその個性を表現していると考えることができます。
ここで知りたいのは、優れた監督は何に対してどのようにコミットメントしているのかということ。私は、卓越した監督は、上位レベルの対象(④地域、⑤Jリーグ、⑥サッカー界、⑦社会)に感情的(Affective)コミットメントを持っているのではないか?という仮説を持っています。
そう思う理由は、上位レベルの対象には多くの人々が関わってくるから。熱意をもって「地域を、リーグを、サッカー界を、社会を良くしよう」と考え行動するなら、支持者がどんどん増えるはず。
そして、その支持者の力を借りて、監督は直面している①試合、②選手、そして③チームに対して、有益な影響を及ぼすことができる。このような力の流れを創り出す監督のコミットメントは、まさに卓越した状態であり、それはまさに企業における一流のマネージャーの仕事と同じなのではないかと思うのです。
結局は試合で勝たなければ監督は評価されないわけですが、長期的に勝ち続ける為には、目の前の試合だけでなく、より広範囲に及ぶ社会的な何かにコミットしている必要があるのではないでしょうか。
プロスポーツの監督のコミットメント様態から何が学べるのか。もしもあなたが企業でリーダーシップを発揮しているなら、自分のコミットメントのたな卸しを、上記のようなコミットメント空間で分析して行ってみるのはどうでしょう?自分がコミットする対象はどのようなレベルに分かれるのか?目の前のチームや仕事を超えたものに自分はコミットしていると言えるのか?そのコミットメントには感情が乗っているのか?それを自分に問うことがたな卸しとして有効なのではないかと思います。例えば、下記のような空間での自分のコミットメントを考えてみる。
①コミットメントの対象は?
- 目の前の仕事
- 職種(例|営業、マーケティング、エンジニア)
- チーム
- 会社
- 業界
- 社会
②コミットメントの種類は?
- 感情的コミットメント(ここに居たい)
- 存続的コミットメント(ここに居た方が得だ)
- 規範的コミットメント(ここに居るべきだ)
研究では、感情的コミットメントがポジティブな効果を持つことが報告されています。私自身もちょっと自分のコミットメントを振り返ってみました。
自分の場合、目の前の仕事やクライアントには100%のコミットメントを持つのが当たり前なのですが、もう一段上の対象(業界や社会)に対してコミットしているかと自分に問い直すと、感情的コミットメントが50%で規範的コミットメントが50%というミックスないんじゃないかと、今は思っています。
「まともな大人なら、社会やコミュニティに対する共感と連帯感をもつ」という感覚はあるものの、それは規範的コミットメントである割合が小さくない、と思うわけです。それはそれで良いのかもしれませんが、より強い感情的コミットメントに変化した時に、また違う世界が開けてくるようにも思います。これが感情的なコミットメントになり得るのか。そうするためには何が必要なのか。組織コミットメント研究を紐解いている際に、たまたまですがサッカーチームの監督を観ながら、そんなことを考えました。
私がその動向を追っている監督の中に、明らかに「日本サッカー界」に対して強いコミットメントを持っていると見える監督が居ます。クラブチームの監督をしているので、当然、目の前の試合の結果責任を問われるわけですが、同時に自分のチームづくりの哲学や試合運びの戦術が、日本サッカー界の発展にどのように結びつき得るのかということを語ります。こういう監督は珍しいのかもしれませんが、試合前後の監督会見をいつも楽しみにしています。
自分は何にどのような形でコミットしているのか。この振り返り、結構よかったので、ぜひ皆さんもどうぞ。
渡辺 寧
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。