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「社長がワンマン」は問題か?

2020.09.28 渡辺 寧

「社長がワンマンで・・・」というコメントが続出する組織

先日、組織変革プロジェクトの案件で、とある企業様の商談に行きました。競争環境が変わる中で、新規商品の企画力を高める必要があり、その打ち手の一つとして商品開発フローの改革をする必要があるというお話でした。

40~50年位の歴史を持つ企業の場合、業務プロセスが硬直化していることがあります。競争環境が変わった場合、古い業務プロセスのままでは成果が先細りになる可能性があり、どこかのタイミングで抜本的にプロセスデザインをやり直す必要があります。

業務プロセスデザインのプロジェクトでは、まず現状のプロセスの見える化が必要なため、クライアントへのヒアリングをまずは重ねることにしました。そこでポツリポツリと出てきたのが「社長がワンマンで・・・」という話。

上が決めすぎることの弊害はある

これを聞いて考えたのが、この、「社長がワンマン」という状況は、企業にとって問題なのだろうか?ということです。

上位マネジメントが全てのことを決定してしまうので、現場の自主性・主体性が育たない」という話はよく聞きます。多くの意思決定を上位マネジメントがしている組織では、水と油が綺麗に分かれるように、上位層と現場の空気感が異なります。

まず、多くの場合、上位層は怒っています「メンバーが主体的に考えない、やる気がない、責任感が無い」「努力が足りない」「そもそも考える力も無い」

上位層は、メンバーに期待して任せては裏切られるという経験を積み重ねています。「この仕事はこうするべき」という信念がある中で、部下にそれをやらせると、その通りには物事は進みません。

知識や経験が足りないのはしょうがないとして、それを克服しようとする強い意思も無いように見えるので、怒りが収まりません。結果として、最終的に自分が踏ん張らなければ物事は上手く行かないという実感を持っており、現場を信用していません。

一方で、メンバー層は疲弊しているか、諦めています。「どのみちトップが決める」「結局、上の眼鏡にかなわなければ、何を持っていってもムダ」「だったら、最初から上で決めてくれ。こっちは言われたことはちゃんとやりますんで」等々。

主体的に頑張ろうとしては、途中でダメ出しをされるか巻き取られる経験を重ねている為、安全パイしか打ちたくないという気分になっています。

このような組織は、全員が力を出しきって仕事をしているとは言えません。その為、一つの方向性として、権力が上位マネジメントに集中している状況を「問題」と考え、権力を分散させる方向に舵を切ることがあります。

星野リゾートの星野社長は、退職者が続く状況を目の前にして、「1分間マネージャー」などの書籍で有名なアメリカのケン・ブラチャードの書籍を参考に、経営の方針をトップダウンからエンパワーメントに舵を切ったと言っています。

社員が辞める理由の大半は「組織に対する不満」であることだった。トップダウンで改革を進めてきたが、社員は命じられて働くことに疲れていた。社員は不満を募らせていたが、自分の意見を主張する場が無かった。問題の解決には、社員との関係を徹底的に見直す必要があった。

「自分の判断で行動してもらうことで、社員のやる気を高めよう。言いたいことを言いたい時に人に言えるようにしよう。そしてどんどん仕事を任せよう」

星野社長はトップダウンですべてを決めることを止めた。そして、エンパワーメントに舵を切った。このときヒントにしたのが、ブランチャードの理論である

(出所「星野リゾートの教科書」中澤康彦=著 日経トップリーダー=編)

トップが全てを決めていると、トップの認知力・判断力以上に組織は成果を出せません。よって、星野リゾートの事例のように、現場に権限移譲をして組織としてまとまって成果を出しに行くという方策が求められることがあります。

上が決めないのも問題

一方で、「上位マネジメントが物事を決めない。決定力が無い」という話もよく聞きます。「上が明確な方針を出さない」「上が意思決定をしない」

この場合、下から見ると「上が方針を決めないから、迷走する」という状況が見えています。一方、上からすると、「白か黒か明確に物事を決められるほど、情報が手元に有るわけでは無いのだから、慎重に状況を見た方が良い」と見えているかもしれないし、「そもそも、情報を一番分かっているのは現場なのだから、現場で適宜に判断してくれれば良い」と思っているかもしれません。

こうなってくると話がややこしくなってきます。上が決めすぎるのが問題なのだから、下に権限移譲した方が良いという話がある一方、権限移譲の仕方によっては、上が決めないのが問題と捉えられることがあります。

結局、「社長がワンマン」は問題なのか?

このように考えていくと、「社長がワンマン」が問題かどうかは、単純には判断できないということになります。

トップが全てを決めるのは問題なので、権限委譲をして下で物事を決められるようにしたら、今度はトップの決断が無いので組織が迷走するという別の問題が出現するかもしれません。

個人的に、日本ではこうした権力移譲に関する問題が起きやすいのではないか?という仮説を持っています。なぜなら、日本は文化的に権力格差は高くも低くもないからです。権限移譲のさじ加減が非常に難しい。

もう少し言うと、私は、「社長がワンマン」であること自体は問題とは思っていません。むしろ、ワンマンの方が上手く行く状況は多数あるだろうとも思います。と同時に、一つの条件を満たさないと、「社長がワンマン」は問題になるだろうとも思います。

その条件とは「基準の外部化」です。

もう一度「社長がワンマン」であることの何が問題だと感じているのかを考え直してみたいと思います。

下からすると「どうせ社長が決めるんだから・・・」という思いはあるし、「言っていることがコロコロ変わる」という思いもある。つまり、下から見ると社長が全ての基準であると見えている。

そして、ここが問題だと思うのですが、社長の中にある基準が何なのか、ほとんどのメンバーにとっては明確には分かりません。それが分からないので、自分達の行動がその社長の基準と照らし合わせて、あっているのか間違っているのか判断できない。だから、確信を持って動けない。

仮にそうだとすると、問題なのは「社長がワンマン」なことではなくて、「基準が見えないこと」ということになります。

基準の外部化を試みる

多くの場合、社長をはじめとしてシニア経営層は、これまでの経験と累積思考量によって、暗黙知化された判断基準を持っています。思考が自動化されているため、即座の判断が可能で、こうした暗黙知の積み重ねにより複雑な問題を短時間で解決する術を身に着けています。

そこまで経験の無いメンバーは、シニア経営層が持っている、こうした暗黙知をまだ獲得していません。そして、このシニア経営層の判断基準は、組織内で形式知化されずに個人の内部で暗黙知として留まっている傾向があります。

その為、メンバーからすると、どうして社長がある判断をするのか分からないし、次に何を言いそうかということも分かりません。分からないにも関わらず、その分からないものが絶対的な基準として自分達を評価判断してくるので、身動きが取れなくなってしまいます

このような場合、暗黙知を形式知化することが必要になってきます。そして、それは判断基準の保有者であるシニア経営層が行う必要があります。判断基準を外部化し、その外部化された判断基準に従って組織が動けるよう、浸透を計っていく。

あらゆる暗黙知が形式知として明確に表現できるとは思いませんが、その努力を組織的に行っていく中で、新しい暗黙知が生まれていくかもしれない。これは、言い換えれば、野中郁次郎先生のSECIモデルをトップの持つ暗黙知をスタート地点として回していくということになるのかもしれません。

不確実性の回避という日本の文化的側面に合わせる

こうした、トップのもつ暗黙知=基準を外部化するということは、日本の文化的側面から考えても必要なことです。なぜなら、日本は文化的に不確実性の回避が非常に高く、多くの人にとっては、ルールや基準が明確に提示されている状況の方が行動しやすくなるからです。

日本では社会的な決まりやルールを細かく決めておきたいと考える文化的傾向があります。細かなルールがあり、それを皆が守るから社会が安定的に運営され、安心して暮らせると感じます。

このような文化的背景をもつ土壌で企業活動を行う場合、「トップダウン」で物事が決まること自体は問題ではありませんが、その判断基準が外部化されていないことは問題です。社長が自分の判断基準を外部化していないのであれば、それは組織に混乱をもたらすでしょう。また、組織のメンバーは、常にトップの顔を見るようになるため、組織内のありとあらゆることに関してトップが判断しなくてはならなくなります。

いかに有能なトップといえど、全能ではありえません。だから、本当は自分の判断基準を記述し、自分で見直し、議論する中でより良い意思決定を行いたいと思っている。さらに、そうした基準に基づいて現場が動くのであれば、組織としてより大きなことが成し遂げられるようになる。

そうした議論を行えるパートナーを社内に持ち、その外部化された判断基準を組織内に丁寧に、継続的に、更新しながら伝えていく限りにおいて、「社長がワンマン」であることには何の問題も無いと、個人的には思います。

言い方を変えれば、自ら外部化した基準に、自らをも縛らせるワンマン社長こそ、日本的組織のあるべきワンマン社長像だと思います。社長がワンマンであろうがなかろうが、明確な外部化された基準を持つ組織は、その基準に基づいて自己組織化され、環境に適応していく。

ワンマン社長の企業の話を聞きながら、そんなことを考えていました。


WRITER

渡辺 寧

Hofstede Insights Japan 取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。

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