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閉店するマクドナルドに対する、2軒隣のバーガーキングのコメントが面白い
企業の広告やプロモーション表現には、同じブランドでも国によって違いが出ることがあります。国民文化の中心には価値観があり、国によって違うため訴求するメッセージや訴求の仕方が変わるというメカニズムです。
ホフステード・インサイツは、世界61か国にアソシエイトパートナー(ファシリテーター)がいる為、色々な国の広告表現の違いの比較検討をしているのですが、マクドナルドとバーガーキングの広告はしばしば国民文化の違いを端的に表現する事例として取り扱われます。
先日、ネット記事を読んでいたら、今年(2020年)の1月に秋葉原のマクドナルドが閉店し、その際に2軒隣に位置するバーガーキングが店頭に掲げた広告の記事が目に入りました。
【感動を返して】閉店する「マクドナルド」に寄せた「バーガーキング」のメッセージが話題にhttps://t.co/bWWTGGilZx
秋葉原昭和通り店での出来事で、「22年間たくさんのハッピーをありがとう」と、一見暖かい内容。しかし、縦読みしてみると「私たちの勝ち」というメッセージが隠されていた。 pic.twitter.com/zLMx2DEwvN
— ライブドアニュース (@livedoornews) January 31, 2020
この秋葉原のバーガーキングの表現が、ホフステードモデルと照らし合わせて非常に日本っぽいと思いましたので文化的なメカニズムの紐解きをしてみたいと思います。
「一見しただけでは分からない」 – 日本的「暗黙の表現」
広告の写真は、上記の記事のTwitterの写真通りです。
左のマクドナルドの広告は、閉店を伝えるシンプルなものです。ドナルドが後ろ向きで手を上げて「See you」と書いてあります。書かれている文章は下記の通り
(引用元 マクドナルド秋葉原昭和通り店広告)
これに対し、2軒隣のバーガーキングが広告を出しました。それが上記のTwitterの写真の右側です。広告は似たような構図で、バーガーキングの店員がお辞儀をし、「Thank you」と言っています。書かれている文章は以下の通り。
(引用元 バーガーキング昭和通り店広告)
一見すると、バーガーキングの広告は近隣のライバル店の労を労う礼儀正しい文章です。マクドナルドのレシートを持参した顧客にはコーヒーをサービスしますよ、とありますが、これは普通のキャンペーン告知の範囲内に見えます。
しかし、このバーガーキングの広告、よくよく見ると違う見方が出来ます。というのは、行頭の文字を縦読みすると、「私たちの勝チ」になり、バーガーキングによる勝利宣言メッセージに見えるからです。
(引用元 バーガーキング昭和通り店広告 強調筆者)
この記事を読んだ私の個人的な感想は「うわっ、日本文化っぽい表現」でした。なぜそう思ったかというと、そのポイントは2つあります。まず1つ目は①わかり易い/わかり難いの中間の広告であること。2つ目は②やっぱり勝ちにこだわる、ことです。
①わかり易い/わかり難いの中間の広告ということは、次のような点に由来します。つまり、メッセージを縦読みに仕込んでいるので一見わかり難い。しかし、読めてしまえば「私たちの勝ち」と書いてあるので意味は明確でわかり易いということです。
②やっぱり勝ちにこだわるというのは、メッセージ通りですが、ライバル店に勝ったということを表現していることに由来します。
バーガーキング広告に見る日本文化
この2つのポイントは、ホフステードの6次元モデルの「集団主義・個人主義」と「女性性・男性性」の日本スコアと照らし合わせると、その文化的背景が良くわかります。
下記の通り、日本の個人主義・集団主義スコア(IDV)は46で、女性性・男性性スコア(MAS)は95です。
IDVは真ん中で、MASは高い、というのが日本文化の立ち位置です。
(図1.日本のIDV・MASスコア 出所.Hofstede Insights)
個人主義文化は明確な表現を好み、集団主義文化は暗黙の表現を好む傾向にあります。日本は若干集団主義の方にスコアが寄ってはいますが、概ね個人主義と集団主義の中間に位置します。先ほどの「一見わからないが、読み取れればメッセージは明確」という表現の仕方は、まさにこの日本の「中間」の文化スコアの表現に見えます。
また、男性性の高い文化では勝つことが重視されます。日本は男性性の高い文化ですが、その文化の特徴は「私たちの勝ち」とメッセージに入れ込む所に非常に良く現れているように見えます。
個人主義文化では表現の仕方が変わる – UKのバーガーキングの事例
冒頭に、企業の広告やプロモーションの表現には文化の差が明確に出ることがある、と述べました。同じバーガーキングのプロモーションですが、日本とは文化の異なる他国ではどのようなものになるのでしょうか?
例えば、UKだと下記のような広告を見ることができます。
この広告では、バーガーキングのCMやプロモーション素材の撮影の際に、常にバーガーキングのハンバーガーの後ろにマクドナルドのビックマックが置いてあったことが明かされます。明確な大きさ比較で、「バーガーキングの方が大きい」ということを、視聴者に強く印象づけています。
このCMは文化的な「UKっぽさ」を感じさせます。
先ほどと同様に、ホフステード6次元モデルのUKのスコアとCMの内容を照らし合わせてみましょう。
(図2.UKのIDV・MASスコア 出所.同上)
上記を見ると、UKはIDVが89と高く、MASも66と高いことがわかります。
つまり、UKは個人主義で男性性の高い文化です。
日本と同様に男性性が高いので、UKでは文化的に「勝ち負け」にこだわります。そのことは「バーガーキングの方がマクドナルドよりも大きい」というメッセージに見て取ることができます。
同時に、UKは個人主義文化なので、メッセージは明確に表現する傾向にあります。CMでのハンバーガーサイズの比較は、誰が見ても明確で、これを観た消費者は全員が「バーガーキングのワッパーの方がマクドナルドのビックマックよりも大きい」と理解するように、CMが構成されています。
女性性と男性性の違いも – デンマーク/フィンランドの事例
もう一つ、別の文化圏の国々の事例を見てみましょう。デンマークとフィンランドは欧州の国々ですが、文化的にはUKとは異なります。
下記に、デンマークとフィンランドのIDVとMASのスコアを示しますが、両国ともUK同様に個人主義ではあるものの、MASのスコアが低い=女性性文化であることがわかります。
(図3.デンマーク・フィンランドのIDV・MASスコア 出所.同上)
この、女性性・男性性の違いは、やはり両国のバーガーキングの広告に見て取ることができます。
下記はデンマークのバーガーキングのプロモーションです。デンマークのバーガーキングは、競合のマクドナルドのSNSサイトに寄せられた顧客の苦情に勝手に丁寧な回答を寄せ、そのついでにちゃっかりと自社商品を宣伝するというキャンペーンを行ったそうです。
女性性が高い文化では「自分の方が大きい・強い」という主張をすることは、文化的に良いこととは受け取られない傾向があります。その為、UKのCMのような「バーガーキングの方が大きい」といったダイレクトな勝利表現は見られません。
その代わりに、女性性文化の価値観の1つである「困っている人を助ける」という点に関連したプロモーションを実施しています。実際には、助けているのは、苦情に返信しきれなくて困っているマクドナルドというわけではなさそうですが、
競合に対する優位性を主張するメッセージ構造にはなっていない
という点がポイントです。
もう一つ、フィンランドの広告は、より女性性の価値観を強く感じるかもしれません。
この広告は、ヘルシンキで開催された「ゲイ・プライド」イベントに合わせてバーガーキングが出したものだそうですが、バーガーキングのキングがライバルであるマクドナルドのドナルドに情熱的なキスをしています。
女性性の高い文化では、マイノリティを包摂し、調和を求めることを価値と捉えます。LGBTのイベントに合わせたプロモーションを行い、その表現も偏見を恐れない一歩踏み込んだものとなっていることがわかります。
日本は男性性の高い文化なので、こうした広告表現を見るとぎょっとする人も多いかもしれませんが、この広告表現は、男性性と対局にある女性性文化の価値観を明確にあらわしていると感じます。
グローバルマーケティングには文化的背景の理解が必要
今回はバーガーキングを例にとって、国によって異なる文化の影響がどのような形で広告表現に現れるかを見てきました。文化の構造的な差が広告表現に明確に現れている点を感じていただけると幸いです。
ホフステードの6次元モデルを理解の補助線として使うと、構造的な価値観の違いが、広告表現の差として現れていることがわかり易くなります。
このモデルに慣れてくると、文章でもイラストでも動画でも、その表現を見た瞬間に、その背後に前提とされている価値観の構造が透けて見えるようになってきます。また、自分で何かを表現する際にも、価値観の構造に合わせた書き換え・組み替えが出来るようになってきます。
グローバルマーケティングの仕事をする際には、こうしたものの見方が必ず役に立ってくれるものと思います。海外の広告やプロモーションの表現を見る機会があれば、ちょっと立ち止まって、背景の文化構造を考えてみてはいかがでしょうか?
渡辺 寧
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。