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海外赴任したら意識的にマネジメント方法を変える

2019.04.17 渡辺 寧

海外赴任はマネジメント力を磨くチャンス

東京は桜も散り、そろそろ春本番を迎えつつあります。HIJ(ホフステード・インサイツ・ジャパン)では企業クライアントの海外赴任前研修を行っているのですが、毎年の傾向として2月・3月は研修回数が多くなります。4月からの新年度タイミングで海外赴任される方が多く、先月・先々月に海外赴任前研修に出られた皆さんはちょうど今、海外での新しい任務の元、仕事も生活もセットアップを行われている頃だと思います。

海外赴任前研修でもお伝えしていることではありますが、私は海外赴任は自分のマネジメント力を磨く大きなチャンスだと思っています。というのも、海外でのビジネスは日本での常識が通用しないことが結構あって、修羅場経験になりやすいからです。

神戸大学の金井先生は、キャリアの中で「一皮むける」経験の重要性に言及されています。人の成長は漸進的にゆっくりと進むのではなく、ここぞという時に大きくジャンプをするような、そんなインパクトの強い経験のことを「一皮むける」経験と呼んでいます。(出典「仕事で「一皮むける」」

どの程度の修羅場経験になるのかは人によりますが、今までのやり方が通用しない環境でそれでも何とかして成果を出そうとする経験は、人を大きく成長させる可能性があり、海外赴任はそうした状況に直面しやすい環境の一つだと思います。

とは言うものの、海外の修羅場経験は大変

キャリアにとっては大きなプラスになる海外赴任ですが、実際に直面する海外の困難な状況は大変です。特に日本企業から海外赴任に出る場合は、赴任者の役割が一段上がることが多く、日本でメンバーだとマネージャークラスで赴任、日本で課長クラスだと部門長クラスで赴任、日本で部門長クラスだと海外組織のトップで赴任、といったケースも良く見ます。

一段上の役割で、かつ異文化環境で、言語も異なることが大半なので、難しい状況を切り抜けていくことの難易度は低くありません。役職が上がっている場合は、パフォーマンスに対する周囲の見方も厳しくなり、うまく切り抜けられなかった時の衝撃はそれなりのものを覚悟する必要があります。

だからこそ、これは一皮むける経験になるわけですが、きっちと役割を果たし組織に対して成果をもたらし、個人のキャリアとしてもプラスの何かを持ち帰りたいのが海外赴任という機会だと思います。

困った時の「あんちょこ」としてのホフステード6次元モデル

ホフステードモデルは、海外ビジネスで直面した困難な状況を切り抜けるためのヒントを提供してくれます。というのも、経験的に文化差を背景としたコミュニケーションやマネジメントの困難にはパターンがあることがわかっており、パターンとして引き起こされる問題には解決のパターンがあることがわかっているからです。

海外赴任前研修でホフステード6次元モデルを学ぶ効果は「異文化問題のあんちょこ」を入手するところにあります。実際に困難な状況に直面した時に「ああ、これがあの話か。この解決策はこういうことだったな」と心の余裕をもって自分の行動を調整することが出来るようにデザインされています。

ホフステードモデルはより日本人に分かりやすい形で導入されている

ヘールト・ホフステード博士は約50年に渡り、国による文化の違いの研究をされているわけですが、ホフステード博士の研究は出自がアカデミックな研究なので一般のビジネスマンにとっては正直難解であることは否めません。

例えば、ホフステード博士の原著「多文化世界」は、学術書というよりは一般書に近い形式で書かれており、内容は非常に示唆に富むものです。しかし、本自体は2段組み500ページの重厚な著作で、分量的には一般のビジネス書の範疇を超えています。(目から鱗が落ちる名著なので、是非読んで頂きたいと思いますが)

しかし、グローバルな環境でホフステードモデルを活用してビジネスを行うことの有用性は研究初期から認識されており、その為ホフステード・インサイツ・グループ(また、前身のITIM/Hofstede Center)では数十年に渡り、ホフステード博士の研究成果を一般のビジネスマンが理解し使えるトレーニングの形にして提供してきました。現在HIJで提供している異文化トレーニングはこの伝統にのっとり、初めてホフステード博士のモデルに触れる方でも十分に理解できるように工夫してあります。

また、今年は、より日本人にとって分かりやすいホフステード6次元モデルの解説書として、「経営戦略としての異文化適応力」を出版しました。ホフステード博士は異文化マネジメントの領域のパイオニアであり、経営学で異文化マネジメントの研究をまとめる際には、ほぼ必ずと言っていいほどホフステードの研究は引用・言及されます。彼の研究成果は、今、かなり理解しやすい形式で日本でも入手出来るようになってきています。

海外に行ったらマネジメントのやり方を変えてみる

「多文化世界」や「経営戦略としての異文化適応力」を読んだり、HIJの異文化理解研修を受けると、海外においては日本のマネジメント方法は通用しない可能性があるな、ということが良くわかると思います。

この理解を実際の海外での自分の仕事に役立てるため、実際に異文化環境で仕事をされている皆さんには「具体的にどの部分が通用しない可能性があるのか」ということを見える化することをお勧めします。見える化することで、本で読んだり人に聞いた文化差の知識が自分事として、より具体的に理解出来るからです。

6次元モデルをもとにこの見える化をする際には、例えば下記のようなチャートを書いてみるのがお勧めです。下記チャートは、6次元モデルのうちの4つの軸(権力格差・集団主義/個人主義・女性性/男性性・不確実性の回避)の自分のスコアと国のスコア(インドのスコアを例として書いています)を比較したものです。ホフステードの研究はあくまで国の文化差を数値化したもので、文化スコアは個人には属さないものではありますが、自分の価値観と赴任先の価値観の違いを見える化するための演習として行います。

各国のスコアはHofstede InsightsのWebサイト(トップページ下部のCountry Comparison Tool)で参照することが出来ます。また、個人のスコアはHofstede Insightsが提供しているCulture Compassというツールで出すことが出来ますし、軸の内容を理解した上でご自身で自分の値を推定して頂いても構いません。

この例では、「自分」と「インド」のスコアの中で、権力格差と集団主義/個人主義のスコアに差があることがわかります。インドは権力格差が高いので、典型的な上司はトップダウンで指示を出し、その進捗確認をこまめに行っている可能性があります。また、インドはやや集団主義寄りなので、コミュニケーションの仕方が暗黙的で、また内集団の単位で仕事を進めた方が機能的に物事が進む可能性があります。

文化は価値観に基づいて形成されています。自分の価値観と赴任先の価値観が違う場合、その違いを認識した上で、どのようなマネジメントを行っていくのかを意図的・意識的に決めていく必要があります。「郷に入りては郷に従え」とは言いますが、赴任先の価値観に完全に合わせることが必ずしも正解とは限りません。赴任先の価値観に合わせるか、それとも自分の価値観を押し通すか、それとも新しい組織価値(=組織文化)を作っていくか、マネジメントの方向性としては3パターンあり、どれが良いかは状況に応じて判断する必要があります。

ここで、海外赴任された皆さんにお勧めしたいのが、「私の1ページマネジメント方針書」をまとめてみることです。下記はそのフォーマットサンプルですが、少なくとも6次元モデルの4つの軸に関して、自分はどのような方向性を取るのかを明示し、具体的にマネジメントで心がけることを明記していきます。

例えば、権力格差を「低くする」という方向でマネジメントを行うのであれば、「早期に部下に仕事の権限移譲をし、やり方は完全に部下に任せてみる」とか「オフィスで部下の席に1日数回行って、フラットな話し合いする」といった、具体的な「マネジメントの心がけ」を書いておきます。

自分のマネジメントのやり方を意図的・意識的に決め、それを実際に行っていく上では、自分の言葉でマネジメント方針を言語化することが有効です。それを1ページという参照しやすい形でまとめておくことで、明確にマネジメントの行動は変わっていきます。


渡辺 寧

代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。

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