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マスクを嫌がる欧米人
大半の日本人にとって、人前でマスクをするのはそれほど抵抗感があることではありません。今年(2020年)は、新型コロナの感染拡大があり、通常であればマスクは外すことが多い夏になっても、多くの人は人前ではマスクをしています。
この記事を書いている今日時点(2020年7月1日)でも、外出する際にはマスクが手放せません。カフェやスーパーに入店する際にはマスク着用が求められていますし、私のオフィスがある東京中心部では、道行く人たちも99%程度の人はマスクを着用しています。
一方、欧米では根強いマスクへの拒絶反応があるようです。新型コロナウィルスの感染が拡大するに従い、徐々に欧米の人々の習慣も変わりつつあるようで、特に初期の感染拡大で大きな被害を受けたイタリアやスペインは他の欧米諸国に比べると公共の場でのマスク着用率が高まってきたようです。ただ、義務化されなければマスクは付けたくないと考える人が多く(出所「欧米のマスク着用、いまだに浸透しない理由」 The Wall Street Journal 2020年6月29日)、アメリカNY州のクオモ州知事は、マスク着用を義務化しないトランプ大統領を批判しています。(出所「トランプ氏に「マスクしろ」 NY州知事が義務化訴え(20/06/30)ANN News channel)
合理性の観点からは首を傾げる欧米人のマスク嫌い
欧米人がマスクを嫌がる理由は所説あります。元々マスクをする習慣がないので違和感がある、といった理由や、強盗やギャングを連想させるので嫌だといったもの、また、自分を感染から守る効果は無いと言われていたこともあり、着用する意味を見出しにくかったという理由もあるでしょう。どれも理由としては正しそうです。一方で、ここまで強いマスク着用に対する拒絶反応を見ると、これはどうも心の一段深い部分にある文化的・心理的な要因がありそうです。
新型コロナウィルスに関しては、大半の感染者が無症状であり、無自覚に感染を拡大させていることがほぼファクトとして明らかであるのだから、外出時は全員がマスクをして「仮に自分が感染者であっても、他人への感染をさせない」という行動を取ったほうが、社会としての感染抑止にはよさそうです。
経済が回らなければ、回りまわって自分の首を絞めることになるので、合理的に考えれば「外出時にマスクをする位、ちょっと暑くても我慢して着用すれば良いじゃないか」と思いそうなものです。
しかし、そうはならない。
とすると、これは合理性を超えたところにある、彼らの社会を規定するもっと根本的な理由があると考えた方が良いということになります。
欧米人がマスクを嫌がる理由は、相手の表情が分からなくなるから
そんな中、富士フィルムフランスに駐在している山本さんから、面白い話を聞きました。山本さんとは毎月、雑誌「宣伝会議」にフランス文化についての記事を一緒に書いています。その2020年9月号(Vol.35)向けの記事のネタで、フランスの医療関係者がチェキ(小型カメラ)で撮った自分の写真をネームバッジにして胸元に着用しているという話でした。詳細は宣伝会議2020年9月号の本編で読んで頂きたいのですが、通常マスクをして表情が見えなくなっている医療従事者にとって、笑顔を見せるということがどれ程大切なことなのかということを表す面白いストーリーでした。
欧米人のマスク嫌いと表情との関係については、心理学の観点からも説明がなされています。東京女子大学の田中章浩教授は、朝日新聞デジタルの取材の中で、欧米人がマスクを嫌がるのは、コミュニケーションの際に彼らが重視する口元が見えなくなるから、と説明をしています。(出所「マスク苦手な欧米、心理学に答えあり 日本人との違いは」朝日新聞デジタル2020年6月20日)
田中教授によると、日本人が目元で相手の感情を読み取るのに対し、米国・欧州の人々は口元で感情を読み取る傾向にあることが研究で分かっているそうです。マスクをするとその重要な口元が見えなくなってしまう。
また、田中教授は、口元の筋肉は意思で動かせるが、目元は意思で動かすのは難しいということも指摘しています。
米国と西欧の国々は、文化的には個人主義文化の国になります。個人主義文化では情報の発信側が明確にメッセージを伝えることがコミュニケーションの前提となります。そのため、自分がどう思っているのか・どう感じているのかを、言葉とともに、口元の筋肉を意識的に動かして、相手に伝えるということを行っています。
下記の動画は、サンフランシスコ州立大学で長年にわたって人の表情についての研究を行ってきたデイビッド・マツモト教授のものです。NYヤンキースのアレックス・ロドリゲス選手が記者とのインタビューで「ステロイドを使っていたか?」と聞かれた際に、「No」と言いながら口元をわずかに上げ、「Yes」という逆のメッセージを伝えていることを解説しています。
これはつまり、口元の筋肉の動きは、非言語のコミュニケーションチャネルであり、これを音としての言葉と合わせてメッセージが伝わっているということです。
現在、米国と西欧の国々の人たちもマスクをするようになり、コミュニケーション上重要な、口元が見えなくなりました。これは彼らのコミュニケーションを難しいものにしているようで、マツモト教授は、口元が見えないのであれば、首を振るなどその他の非言語コミュニケーションの手段を使う必要があるということを、ラジオのインタビューで答えています。
欧米人のマスク嫌いから日本人が学べる事
マスクをするかしないかということは、日本人にとっては夏は暑くて不快である位のものです。一方で、欧米人にとっては、マスクをすることはコミュニケーション上の不都合をもたらす、もっと面倒な問題なのだということが推測されます。
ここから我々が何を学べるかというと、それは、異文化環境でのコミュニケーション方法の学習は、言語学習だけでは不完全だということです。「コミュニケーション」とは言語と非言語のチャネルを合わせた多面的なものであり、非言語チャネルに対する感度を上げないと、効果的なコミュニケーションは取れません。
英語が出来ればアメリカ人とコミュニケーションが取れるかというと、そうではありません。音声としての言語以外に、人間は様々なところからメッセージを発しています。文化によって、どのチャネルからのメッセージを受け取るかが違います。
今一度、欧米人のマスク嫌いの強固さを考えてみましょう。この状況から推測するに、顔の表情、特に口元の筋肉の動きが発するメッセージは、我々日本人が考える以上に、コミュニケーションの受け手側にとっては大事なのだろうということが推察されます。
スムーズに欧米人とコミュニケーションを取りたいのであれば、単語を覚えたり、文法を学習するといった言語的トレーニングはもちろん必要なのですが、同時に口元の動かし方などの非言語チャネルもトレーニングした方が良いのかもしれないと思います。そして、口元を意図的に動かして、メッセージを伝えることができるようにするということが大事になるのかもしれません。
英語等の言語を勉強する際には、ネイティブの先生に「どのような非言語チャネルを使ってメッセージを伝えているのか?」「ジェスチャーや顔の表情などの、自分の非言語コミュニケーションはどう見えるか?」ということを積極的に聞いてフィードバックを貰っていくことが、コミュニケーション学習を進める上では重要だと感じます。
渡辺 寧
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。