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イスラム教がわかると世界がわかる?- 小室直樹著「日本人のためのイスラム原論」

2020.09.02 渡辺 寧

世界ではイスラム教徒が増えている

日本に居ると気づきにくいのですが、世界でイスラム教徒の数が増えています

米調査機関ピュー・リサーチ・センターの予測によれば、2010年時点では、世界のイスラム教信者数は16億人で、キリスト教信者数が21億7千万人でキリスト教徒の数が多いのに対し、2050年段階ではイスラム教徒の数は27億6千万人となり、キリスト教徒の29億2千万人に肉薄すると予測しています。
(出所「
イスラム教徒が急増、2050年にキリスト教徒とほぼ同数に 米調査」AFP)

日本のムスリム人口は正式な統計が無いものの、大半が在留外国人であることから、法務省の統計から推計がなされており、17年6月時点で約10万人程度と言われています。
(出所「
増加するイスラム教徒、日本でも対応進む」日経新聞 電子版)
人口に対する比率にすると
0.1%以下程度であるため、日本人がイスラム教を身近に感じることはそれほど無いかもしれません。

そもそもなぜ、日本ではイスラム教が広まらないのか?

日本は、歴史上様々な宗教を受け入れてきました。

キリスト教イスラム教仏教の3つの宗教は、人種・民族・国家・言語・文化などの教会を超えて広がっている宗教のため、世界宗教と呼ばれます。
日本にも仏教とキリスト教はそれぞれ信者数が約8,400万人と190万人で、一定数存在します。
(出所「宗教統計調査」文化庁)
日本人の場合、明確に自分は信仰を持っていると認識しているわけではない人が多いのが実状だとは思いますが、日本各地にお寺やキリスト教の教会があり、一定の普及をしていることは事実だと思います。
一方、イスラム教徒に関しては前述のように在留外国人が中心で、その数も限られているのが現状で、モスクがある街も限定的です。

イスラム教だけが日本で普及しなかったというのは、よくよく考えれば、理由がはっきりしない現象で、その理由をひも解くことは、日本の文化を考える上でも、イスラム教というものを知る上でも大きなヒントになりそうです。

こうした観点から論考を始め、儒教、仏教、キリスト教の違いに言及しながら、イスラム教の特徴を極めて明確に、分かりやすく説明しているのが小室直樹先生の「日本人のためのイスラム原論」です。この本、ちょっと本当に面白いので、ご一読をお勧めします。

(「日本人のためのイスラム原論」小室直樹 集英社)

世界の宗教についての教養が必要な時代に

世界の宗教についての教養の重要性が、年を経るにつれ増しているように感じます。
世界の人の行動の背景には「
価値観」がありますが、その価値観は、そもそもの世界の認識の仕方に強く依存しています。
そして、「
そもそも世界とはなんであるのか?」という人々の認識の仕方には宗教が大きく影響をしています。

宗教の知識を持った上で世の中の事象を見直すと、表面的な出来事の背景にある、人と社会の行動のメカニズムが見えてくることがあります。

過去200年くらいは、キリスト教、特にプロテスタント的な価値観で世界が動いている中、大航海時代から植民地時代に観察されたキリスト教の怖さというのも脈々と続いているように見えます。その一方で、近代化とは相性が悪いイスラム教がキリスト教以上のスピードで世界に広がっているということは、長期で見たら面白い現象だなと思います。

ホフステード指数と宗教の関係

オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士は、国民文化というレベルで文化的価値観の差を6つの軸の数値で表すモデルを作りました。
このモデルを元にしたワークショップをしていると、結構な頻度で「
どうしてこの国のスコアは、このような高い/低いものになったのか?」という質問が出ます。

各国のスコアの理由を明確に説明するのは非常に難しいのですが、ホフステードの各国のスコアを眺めていると、宗教との関係性が透けて見えることがあります。

例えば、サウジアラビアやイランと言った中東諸国は、押しなべて不確実性の回避(UAI)が高い傾向を示します。
同時に、
日本もUAIのスコアは92と高く、中東諸国やイスラエル同様に不確実性の回避の高い文化です。

しかし、ちょっとひも解いていくと、スコアとしては同じように高いのだけれど、その背景にあるものは異なるのだろうということが見て取れます。

日本の不確実性の回避(UAI)の高さは、自然災害の多さから説明されることがあります。

すなわち、台風や地震といった自然災害が非常に多いがゆえに、少なくとも社会の中ではルールをしっかりと決めて、予想可能性を上げておきたいということが、日本の不確実性の回避の高さに繋がっているという説明です。

一方、中東諸国はやはり、イスラム教の影響なのではないかと推測されます。小室直樹先生は、

イスラム教では、宗教とは法である
(出所「日本人のためのイスラム原論」)

と言います。

イスラム教では、コーランを中心とした戒律の体系が非常に細かく規定されており、それにそった外面的行動を示し続けることが求められます。
これは内面的信仰を中心とするキリスト教とは全く異なる宗教のあり方です。

ここから考えると、イスラム圏の不確実性の回避のスコアが高くなるのは、当たり前と言えば当たり前に見えます。信者として何をすることが正しいのかが、宗教の規範としてすべて定められているからです。

同時に、キリスト教国、特にプロテスタントが主流の国では不確実性の回避が低くなるであろうことも予想されます。大事なのは神に対する内面の信仰であり、外面的な戒律を守ることではないと考えるのがキリスト教だからです。

プロテスタントの場合は、神と個人との1対1の関係になるので、不確実性の回避が低いことに加え、個人主義的傾向になるのだろうし、権力格差も低くなるのだろうということが予想されます。

日本的な不確実性回避の高さ

こうして考えていくと、日本の不確実性回避の高さは、少なくとも中東諸国のそれとは別物であろうことが予想されます。

日本の場合、イスラム教の中東諸国に見られる「規範」というものがありません。日常生活でも細かいルールは沢山あるけれど、時と場合によって、そのルールの適用が厳密になったり緩くなったりします。

まあ、今回に関しては事情が事情だし・・・」というような、その場の集団としての合意があれば、ルールの適用は白にも黒にもどちらにもなりえます。

このことは、例えば仏教や儒教が日本に取り入れられる過程で、如何に戒律的要素が洗い落とされていったかという歴史的過程について小室先生が詳しく述べています。小室先生は、このことをもって、

日本人ほど宗教における規範を拒否する民族は、世界中に見当たらない
(出所「日本人のためのイスラム原論」)

と述べていますが、宗教に限らず、日本人の生活態度の隅々まで、この傾向は見られます。

自分を知ることと他者を知ることは同じこと

異なる他者と付き合いというのは極めて難しいもので、ダイバーシティ研究の中では、価値観レベルでの差は集団にネガティブな影響を与えるということが言われています。

一方で、そうした他者との協働を通じて、創造的な活動をしていくことの必要性もあります。

他者との違いを乗り越えて、協働していくためには、相手の表面的な部分だけではなく、その背後にある価値観と歴史の体系として知り、付き合っていくことが必要になってきます。

イスラム教は、3大宗教の中で最も日本人には縁遠い宗教なのかもしれませんが、だからこそ「違いから学ぶ」為のヒントが沢山詰まっていると感じます。宗教に関しては我々は敬遠する傾向があるように思いますが、グローバルな人と社会の動きを考える上ではその理解が必要になると感じます。


渡辺 寧

代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。

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