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アジア諸国はお互いをどう思っているのか?|「アジアの国民感情」

2020.11.11 一覧へもどる

アジア圏諸国の各国の相互の国民感情を定量化

東京大学東洋文化研究所の園田先生の「アジアの国民感情」を読みました。今年の9月に出版されたばかりの新しい本です。


(「アジアの国民感情-データが明かす人々の対外認識 (中公新書)」 園田 茂人 (著))

この本は、2008年・2013~2014年・2018~2019年の3回のアジア学生調査を元に、アジア諸国の国民感情がどのように変化し、現在どうあるのかを様々な観点から明らかにしている内容で、大変興味深く読ませて頂きました。

日本に住んでいると、東アジアの国同士の国民感情はなんとなく理解できます。日本は中国・韓国からはあまり好意的に思われておらず、日本も中国・韓国に対してはあまり好意的な感情を持っていない人が多い。一方で、日本と台湾は相互に好意を持っている。また、北朝鮮は、どこの国から見ても好意的には見られていない。

良い悪いは別として、メディアの言説からは、この辺りまではファクトとして見えてきます。

しかし、それを超えたアジア圏での各国間の相互国民感情については、我々は良く知らないというのが現状だと思います。

例えば、中国の経済的台頭に関して、日本は警戒しており、同様にベトナムも警戒している。一方、シンガポール・マレーシア・インドネシアといった国は中国の経済的台頭をポジティブに評価している。

また、日本では中国は政治的な脆弱性を抱えているという言説が強く信じられていて、8割方の人はそう思っている。この傾向は、韓国・台湾・香港などでは同一だけれど、タイやマレーシアでは、そう思っている人は3割程度に留まり、むしろ過半数の人は逆のことを思っている、等々。

アジア圏において中国の影響力は更に拡大していくことが予想されますが、周辺の国の人々の心象風景が、日本のそれとは大分違いそうです。このことを、客観的なデータで認識することは、地域社会の全体像を理解する上で大事なことだと感じます。

他にも、マレーシアとインドネシアは、お互いにあまり好意的な感情を持っていない、というような、日本にいるだけでは絶対に気付きそうにないことに関しても、データで表現されているのが大変興味深いと感じました。

他国を知ることで自国がわかる

物事を正しく認識して、正しい判断を下していく為には、自分の「認知のゆがみ」に気付いている必要があります。人間誰しも、生まれついての性格や、人生の中で学習してきた知識や考え方・価値観に従って、物事を認識し判断しているわけで、そこには必ず「認知のゆがみ」が存在します。

「認知がゆがんでいる」ということ自体は、誰しもそういうものなので、良いも悪いもないのですが、そのことに気付かずに仕事をしたり、私生活をおくると、大事な判断で間違いを起こすことがあります。

他国に対する認識は、日本に居ると日本のメディアや周囲の人との会話の中で形成されていくので、知らず知らずのうちに「ゆがみ」が形成されていきます。しかし、日本人の認知がどうゆがんでいるかは、異なる国の人達の認識と比較しないと気付きようがありません。

そういう意味で、他国の国民感情と日本の国民感情を比較することは有用なことだと感じます。この手の「健全な相対比較」は日本で生活する自分たち自身をより良く知るきっかけになります。私はこの本で示されているデータと分析の結果を見て、「冷や水をかけられて、正気に戻る」ような気がしました。

例えば、上でも紹介しましたが、中国に対しては、日本は警戒心と不信感を持って見ていることがデータでも分かります。一方、タイなどは中国に好意的で、7割の親が「自分の子供に中国語を習わせたい」と思っていることなどが示されています。それに対して、中国では自国の大国意識が拡大しつつあり、中国から見ると東南アジア諸国に対する関心は薄い。

このような事例を見ると、アジア圏と一言で言っても、国々の相互の認識・感情は様々で、そうした網の目のような細かい国民感情が入り組んでいることが分かります。そして、我々は、そうした複雑な網の目のような社会環境の上でグローバルな商売を展開しているのだということが分かります。こうしたことは、ちょっとした人間関係や、3国間以上の協働において、目に見えないインパクトを及ぼしていることが予想されます。

多くの日本人は、他者に対して配慮を持って接したいと思っています。上記のような事実を知ることは、複雑な人間感情をより深く意識する一つのきっかけになりそうです。「日本人的感覚だけで物事を進めて、大局を見失う」ということは避けたいと思います。

ソフトパワーの定量化

もう一つ、面白いなと思ったのが、ソフトパワーに関する実証的な分析の部分。この本では調査を進めるにあたって5つの仮説を置いているのですが、その一つにソフトパワー仮説を置いて検証しています。

ソフトパワーとは、国際政治学者のジョセフ・ナイが提唱したもので、経済力や軍事力というハードパワーではなく、文化などのソフトパワーが海外の共感を獲得するのに重要だとする考え方です。

日本は、東アジアの東端で、国としては「引っ越し」出来ません。近隣諸国の軍事力が増大する中、急速に変わる地域のパワーバランスを踏まえつつ、それでも平和的に生きていく方法を考えなくてはなりません。その際に、ソフトパワーという考え方はあり得るのか?あるとしたらそれは具体的にどのようなものなのか?それをどのように使うのか?を考えることは、私たちの将来にとって重要な論点だと思います。

調査では、アニメ・ドラマへの接触ということを一つの尺度として、ソフトパワー仮説を検証しています。その結果、韓国・中国において、日本のアニメ・ドラマへの接触頻度が日本の影響度への評価にプラスに相関していることが示されていました。この2か国は、他のアジア諸国に比べ日本の影響度を否定的に見る傾向があることも、データで示されているため、こうした「ソフトパワー」と日本への態度形成への因果関係の可能性が見られることは好ましいことなのではないかと思います。

また、日本への留学関心に関しては、ほとんどの国でアニメ・ドラマへの接触頻度が正の相関を持っていることが示されていました。

アニメ・ドラマはきっかけに過ぎないとは思いますが、「ソフトパワー」を考えることの意義が定量的に示されたのは示唆深いことだと感じます。このあたりの心理構造は、より厳密に知りたいと思いますが、その端緒の結果として面白い観点だと感じます。

日本的ソフトパワーを追求する

ソフトパワーというものが、そもそも存在するのかについては様々な議論があるようですが、私はこの概念は面白いと思っています。というのも、ソフトパワーを高めるということは、私たち自身が文化的に豊かな生活に向かって進んでいくことを後押しすることだからです。

私は、アメリカにはソフトパワーを感じますが、その理由は何もハリウッド映画が好きだからということではありません。私がアメリカにソフトパワーを感じるのは、アメリカ的な価値観(自由・平等・個人主義)について共感し、その価値観が具現化されたライフスタイルや数々の社会システムについて憧れを感じるからです。

ソフトパワーを高めるとは、私たち自身が自分たちの価値観を深く・正しく認識し、それに即したライフスタイルや社会制度を整えていくということを意味します。

それには下記のような具体的な施策が伴います。すなわち、文化や教育を深めることに国全体のリソースを使っていくこと。国内において、作家やアーティストやデザイナーが独創的で豊かな作品を出せるような環境を整備していくこと。日本らしいライフスタイルを追求して、海外から見ても魅力的に思えるような豊かな生活空間を作っていくこと。

自分たち自身が「良い暮らしだな」と思えるような社会整備を行い、それを海外に発信していくことが、ソフトパワーの増大に繋がり、海外からの共感を惹きつけ、人の交流やビジネスの拡大に繋がり、共生関係を作ることで最終的には安全保証にも繋がる。もしそんなことが可能なのだとしたら、こんなに効率の良いことはありません。

定量化されたアジア諸国の日本への眼差しは、そうしたソフトパワー施策の状況を定時的に測るKPIになるのではないか?経年でアジア圏の相互の国民感情を測定・分析した本書を読んで、そんなことを考えていました。