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厳しい上司が評価される条件|なぜ小野伸二はトルシエ元監督を評価するのか?

2019.03.10 渡辺 寧

スポーツチームのマネジメントからは学びが多い

私、プロスポーツチームの監督やコーチが、如何にしてチームを強くしていくのか?ということに興味がありまして。色々なスポーツのチーム作りを興味深く見ています。

プロスポーツは、結果を出すことが求められる厳しい世界だと思うのですが、監督によってチーム作りの考え方やアプローチが異なるんですね。違った考え方・能力・知識を持った選手を如何にして束ね、チームとしての力を最大化させるのか。異なる環境下ではそれぞれどのようなアプローチが有効なのか。

企業組織のマネジメント方法を考える上で、プロスポーツの監督の観察から得られる示唆は大きいと考えています。

小野伸二はフィリップ・トルシエ元監督を評価しているとの話

そんな中、Webニュースを見ていたら、Sportivaの記事で「小野伸二にとって「歴代代表監督の中でトップ」はトルシエだった(2019.03.09)」というものが目に留まりました。

これが大変興味深い。1999年ワールドユース・ナイジェリア大会の日本代表チームに関する小野伸二目線での振り返り記事で、チームとして団結を高めるために、レギュラー組・サブ組がどのような関係性で何を感じ、何をしていたのかが良くわかりました。チームに対する献身の在り方など大変興味深かったのですが、やはり一番興味を引いたのはトルシエ元監督に対する小野伸二の評価

フィリップ・トルシエ元日本代表監督は、フランス、コートジボワール、南アフリカ、モロッコ、ナイジェリア、等のクラブチーム・代表監督を経て、1998年から2002年まで日本代表監督を務め、A代表とU-21代表の監督を兼任しました。

トルシエ監督について、記事では、

トルシエ監督は、今の時代であれば、パワハラで訴えられてもおかしくないほどの、高圧的で、威圧的な言動を繰り返していた。ファイトする姿勢が表立って見えない選手に対しては、胸ぐらをつかみ、罵声を浴びせた。ゆえに、最初は露骨に嫌な表情を見せ、文句を言う選手も絶えなかった。

と紹介されています。しかし、チームのトルシエ監督に対する考えも時間とともに変わり始め、

ただ、時間が経過するにつれて、選手たちもトルシエ監督の対応に慣れ、その対処法をつかんでいった。そのうち、選手と監督との間にも、徐々に”あうんの呼吸”のようなものが出来つつあった。

という状況になったそうです。小野伸二はこのことについて自分の言葉で、

まあ、トルシエ監督の性格を知れば、愛情を持って自分たちに厳しいことを言ってくれたんだ、というのはわかりますからね。僕は、トルシエ監督があのときの若い自分たちにすごく合っていたと思います。いろいろな監督のもとでやってきましたが、僕にとっては、歴代代表監督の中ではトップですね

と言っています。

高い権力格差の文化における上官の姿

日本の企業でマネジメント研修などをしていると、「部下に対して厳しく接することが難しくなっている」という話をよく聞きます。多くの日本企業でミドルマネジメントの立場にいる40~50歳代の方々の中には、若い時分に当時の上司に厳しく指導された人も多く居ますが、自分が受けた教育をそのまま若い世代に当てはめようとするのははばかられるようです。

今はそういう時代じゃないから」というコメントを良く聞きますが、私はそれはちょっと違うんじゃないかな、と思っています。というのも、「厳しい上官」という上司のスタンスは現在の世界の文化の中でも割と一般的で、文化によってはそうした上司像の方が機能しやすいことも多いからです。

下の図は、ホフステードの6次元モデルにおけるフランスとアメリカの権力格差のスコア比較です。スコアは0~100の間で動き、100に近づくと権力格差の高い文化、0に近づくと権力格差の低い文化になります。これによると、フランスは権力格差が高く、アメリカは低いことが分かります。


(図1フランスとアメリカの権力格差のスコア比較 出所|Hofstede Insights Group)

権力格差の低い文化では、理想の上司は「コーチ」になります。仕事の権限は一人一人の個人に任され、個人は早くから自立を促されます。また、上司は部下が仕事を進めていくための支援役に回ります。一方で、権力格差の高い文化では、理想の上司は「親」です。仕事はヒエラルキー構造の中で行われ、下の者は上司の言うことを聞き、敬意を示すことが求められます。

トルシエ監督が典型的なフランス文化を体現しているのかどうかはわかりませんが、彼の振る舞いは権力格差の高い文化での上官の振る舞い方の特徴を表しているように見えます。

先進国のマネジメントスタイルに関しては、アメリカの、更に最近はIT系の企業の事例についての情報量が多いので、フラットな組織形態が優れているという印象がありますが、そうした形態は極めて文化依存的です。

国民文化で言えば、フランス(68)、ベルギー(65)、スペイン(57)、イタリア(50)は、権力格差が中~高で、英(35)、独(35)、米(40)、とは典型的な上司の在り方が異なります。

日本では厳しい上司は嫌われるのか?

文化的に見たとき、日本では厳しい上司のスタンスは避けた方が良いのでしょうか?

日本における理想の上司像を、国民文化における権力格差の観点から考えてみると、違った考え方が出てきます。

ホフステードのモデルによると、権力格差の日本のスコアは54です。このスコアは、フランス同様、ヒエラルキー構造で指示命令型の上司が典型的とされるスペインやイタリア北部と近いスコアになっています。


(図2各国の権力格差のスコア比較 出所|Hofstede Insights Group)

「厳しくすることが難しくなった」という日本の組織においても、よくよくメンバーの話を聞いていくと、「上がきちんとした方針を示してほしい」とか、「上司がチームを引っ張っていってほしい」とか、そういう願いを持っている人が多く居ることにも気づきます。

こうした声は、どちらかというと権力格差が高い文化において、権力を持たないメンバーが自然と心の中で持つリーダーへの期待値です。日本は文化的には極端に権力格差が高いわけではないけれど、どちらかというと権力格差が高い方向に位置付けられていると考えた方が良いのではないかと感じます。

つまり、日本においては上司が「厳しいこと」自体はあまり問題ではないのではないかと思うわけです。

では、何が問題かというと、日本の厳しい上司は、「コミュニケーションの明確性」が足りず、「やさしさが欠如している」ことが多い点です。

フランスは個人主義で弱者に優しい文化

フランスの国民文化のスコアをもう少し紐解いてみましょう。フランスは権力格差が68と高いのですが、その他の軸のスコアを見ていくと、

個人主義(IDV=71)で、
女性性が高い(MAS=43)

文化です。個人主義の文化ではコミュニケーションは明確になされ、また女性性が高い文化は弱者や敗者に優しい文化の傾向を持ちます。

つまり、フランス文化における典型的な上司像は、トップダウンで下に対して厳しく接する側面も持つが、同時に高い女性性文化の元、チームの関係構築に気を配り、弱者を支援しながら連帯や協力体制を作ろうとします。また、個人主義を背景として、コミュニケーションは明確にしようと努めます。

このことは、トルシエ元監督の言動にも表れています。小野伸二は、トルシエ監督のチームへの接し方について、

たしかに最初はみんな、トルシエ監督のやり方に対してブーブー言っていましたね(笑)。日本人って、怒られるのが嫌いじゃないですか。でも、トルシエ監督はその怒り方もすごくうまいんですよ。それで、選手がピリッとするし、『何くそ!』って思って、選手みんなが団結していくんですよね(太字は筆者加筆)

と述べています。具体的な怒り方については記述が無いので何とも言えませんが、結果としてチームに起こった「怒られたにも関わらず選手みんなが団結した」という様は、権力格差の高さ×女性性というフランス文化における典型的上司の関わり方の結果のようにも見えます。

また、女性性の高さを伺わせるエピソードとして、小野伸二は次のようなことも述べています。

トルシエ監督は”世界を知る”という意味で、孤児院にも連れていってくれた。ただサッカーをやるだけじゃない。自分たちがどれほど裕福な環境でサッカーをやっているのか、ということを教えてくれた

選手を孤児院に連れていくというのは、女性性の高い文化における弱者へのケアそのものに見えます。

日本は弱者に厳しく明確にものを言わない文化

一方、日本の国民文化を紐解いていくと、日本は、

やや集団主義寄り(IDV=46)で、
男性性が高い(MAS=95)

文化です。集団主義の文化では、コミュニケーションは暗黙になされ、また男性性の高い文化は成功者称賛の傾向があるので弱者や敗者へのケアが後回しになりがちです。

つまり、日本文化における典型的な上司像は、下に対して厳しく接する際に、出来ないことをめちゃくちゃ怒り、失敗を許さず、更になぜダメなのか・どうすれば良かったのかといったことを丁寧には説明しない、というものになります。

高度経済成長期であれば、どんなに理不尽に上司に怒られたとしても、明日は今日よりも良くなるという実感があったのでしょうから、このような厳しい上司であっても我慢できたのかもしれませんが、今は状況が違います。

上司として有効に機能するためには、典型的な日本文化から一歩身を引いて、どのような上司としての態度を組織の中で持つべきなのかを考え直す必要があります。

厳しい上司像がダメなわけではない

では、これからの時代を考える際に、どのような上司像を目指すのか。

それを考える際には、いくつかの文化における典型的な上司像を知ることが役に立ちます。自分が置かれた環境におけるメンバーの期待を認識した上で、そこにあった上司像を目指すということが有効です。

フランス・ベルギー・スペイン・イタリアにおける上司像は一つのパターンです。上司は厳しいかもしれないけれど、同時に優しさがあり、指示や進捗確認は明確になされる(多くの場合、個人の名誉を傷つけないような形で上手くなされる)。

日本の多くの企業では、メンバーが高い権力格差を自然に受け入れている様を良く見ます。そういう環境においては、トルシエ監督のような日本とは違う形での「厳しい上司」パターンが有効に機能し得るのではないかと思います。

皆さんの職場では、どのような上司像が有効に機能しそうでしょうか?


渡辺 寧

代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。

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