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自分の中に「あの人」を住まわせる – 日本人の成長モチベーションを考える – 歩きながら考える vol.113

2025.08.26 渡邉 寧

今日のテーマは、他者と自己の境界線があいまいな日本人が成長に動機づけられる条件について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。

*文化以外のテーマも含むシリーズ全編は、筆者の個人のページでご覧いただけます。

こんにちは。今日は移動時間を使って、日本における成長するモチベーションのあり方について、ちょっと面白い記事があったので、歩きながらゆるく考えてみようと思います。

ラグビー女子日本代表が見つけた「同じ人間」という感覚

きっかけは、毎日新聞で見たラグビー女子ワールドカップの記事でした。日本は世界ランキング11位で、3位のニュージーランドと対戦することになってるんですけど、前回大会では12対95という大差で負けてるんですよね。

で、興味深かったのが、前回大会で主将を務めた齊藤聖奈選手の話。彼女、その後ニュージーランドのリーグに参戦して、強豪チーフス・マナワでプレーしたそうなんです。そこで感じたのが「みんな同じ人間なんだ」ということ。

ニュージーランドの選手も完璧じゃない。タックルすれば転ぶし、ミスもする。当たり前といえば当たり前なんだけど、一緒に生活して、練習して、試合をする中でこの感覚を持てたことが、すごく大きな変化だったんじゃないかと思うんです。

優れた人を「自分の中に住まわせる」ということ

齊藤選手の話を聞いていて、社会心理学者のレオン・フェスティンガーが1950年代に提唱した「社会的比較理論」の議論を思い出しました。人は自分を評価するために他者と比較する傾向があるという理論なんですけど、特に自分より優れた人と比較する際の成長の条件について考えさせられました。

上方比較(自分より優れた人との比較)って基本的に人にとっては痛みになりやすいんですよね。「あの人すごいな、それに比べて自分は…」って落ち込むだけで終わることも多い。必ずしも成長の動機づけにつながるわけじゃない。でも、そこから成長につながるためには条件がある。

齊藤選手が実際にニュージーランドのリーグで一緒に生活し、プレーをして、「同じ人間」という共通基盤を発見したことが重要なんだと思うんです。

僕が考えるに、一緒に時間を過ごした選手たちが、齊藤選手の自我の一部として取り込まれて、「拡張された自己」みたいなものが作られたんじゃないでしょうか。

つまり、試合中に「今こういうプレーをしたら、あの人はどう反応するだろう」って自然に予測できるようになる。練習中も「彼女だったら今頃どんな練習をしているだろう」と想像して、「だから私もここまでやらなければ」と思う。

こうやって、自分の中に優れた他者を住まわせて、その想像力が自分を突き動かす。これが成長の原動力になるんじゃないでしょうか。

日本的な「成熟」の形とは

この「自己の中に他者を入れ込む」っていうのは、文化心理学者のマーカスと北山が言った「相互協調的自己観」における成熟の仕方なんじゃないかと思うんですよね。

欧米的な相互独立的自己観だと、強い個人として自立していくことが成熟の方向性。でも、日本を含む東アジアの相互協調的な文化では違うんです。

もともと自己と他者の境界線が曖昧な文化だから、成熟っていうのは、自分の中に重要な他者を取り込んでいくプロセスなんじゃないか。何かを決めるとき、行動するとき、「あの人だったらどうするか」「あの人は何を感じるか」が自然に想起される。そういう自己を作り上げていくことが、この文化における成熟なのかもしれません。

テスラの「あの人」を想像できるか

この視点で考えると、日本企業がよく言う「テスラに追いつけ」「アップルを超える」みたいな目標設定も、実は表面的すぎるのかもしれません。

本当に重要なのは、「今この瞬間、テスラのエンジニアのあの人は、どんな課題にどう取り組んでいるか」「アップルのデザイナーのあの人なら、この問題をどう考えるか」という、具体的な人間像を想像できるかどうかなんじゃないでしょうか。

例えば、シリコンバレーで一緒にプロジェクトをやったことがある、カンファレンスで議論を交わした、転職してきた元テスラの人から日常を聞いた。そういう経験を通じて、「テスラのあの部署のあの人」が自分の中に住み始める。

すると、日々の開発の中で「今頃、テスラのあのチームは、こういうアプローチで電池の問題を解決しようとしているんだろうな」って想像できる。その想像が「じゃあ自分たちはもっと違う角度から攻めなきゃ」という動機づけにつながる。

抽象的な「イノベーション」じゃなくて、具体的な「あの人との対話」の中で成長していく。これが日本人にとって自然な成長の仕方なのかもしれません。

まとめ:他者を通じて成長する勇気

というわけで、今日はラグビー女子日本代表の話から、日本人の成長モチベーションについて考えてみました。

優れた人と比較することは確かに痛みを伴う。でも、その人と時間を共有し、「同じ人間」として認識し、自分の中に住まわせることができたとき、それが最強の成長エンジンになる。

これって、「強い個人」を目指す西洋的な成長観とは全然違いますよね。むしろ、自分の境界を広げて、他者を取り込んでいく。そういう成長の仕方が、実は日本人には合っているのかもしれません。

みなさんの中にも、「あの人だったらどうするか」を想像しながら頑張った経験、ありませんか? それって実は、とても自然で、効果的な成長の方法なのかもしれません。

もしこの記事を読んで何か思うところがあったら、ぜひSNSでシェアして、コメントで教えてください。みなさんの「自分の中に住んでいる他者」の話、聞いてみたいです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。目的地に着いたので、今日はこの辺で。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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