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今日のテーマは、地方空港の利用者がインバウンドで増えているというファクトから考える、地方観光のデザインについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
*文化以外のテーマも含むシリーズ全編は、筆者の個人のページでご覧いただけます。
こんにちは。今日は移動時間を使って、インバウンド観光の今後について思うところがあったので、文化の話についてゆるく考えてみたいと思います。
地方空港が熱い!でも、全部が同じように伸びるわけじゃない
まず最初に、2025年8月30日の日経新聞の記事から。地方空港の利用者数が、インバウンドの増加で急成長してるとのこと。
特に目を引いたのが、長野県の松本空港。2014年から2024年の10年間で、なんと利用者数が2.7倍に増えてるそうです。和歌山も2.1倍、茨城も1.5倍。
面白いのは、外国人観光客が地方空港まで周遊するようになってきているってこと。例えば、オーストラリア人スキー客は新千歳空港から入って北海道でスキーした後、松本空港経由で白馬に移動して、さらにスキーを楽しむ。
せっかく日本の中で様々な地域に行くのであれば、各地の特徴をどううまくインバウンド旅行客に対して印象深い経験としてデザインしていくかっていうのが、ポイントになりそうな気がします。
というのも、白馬がある長野みたいに明確な魅力がある地方は伸びるけど、全部が同じように伸びるわけじゃないと思うんですよね。各地の特徴をどう打ち出すか、考えても良いタイミングなのかなと。
日本の観光地、どこも同じに見えてない?
ここで僕がちょっと思っていることがあります。インバウンド観光の、特に欧米系の人たちにとって、日本の文化や街って本当に面白いのかなって。
なぜかというと、結局どこに行っても、どこの都市に行ったとしても、なんかちょっと似たようなところに見えてしまうのではないかと。もっと言ってしまうと、地味な感じを受けてしまうんじゃないかと思っているんです。
ここで文化心理学の知見から考えてみたいと思います。
なぜ日本の観光地は「地味」なのか?感情の文化差という視点
スタンフォード大学のJeanne Tsai教授の感情価値理論(Affect Valuation Theory)という研究があります。
この理論によると、感情は2つの観点で整理されます。まず「感情の正負」、つまりポジティブかネガティブか。そして「覚醒度」、つまり強い感情か弱い感情か。
で、ここからが面白いんですけど、どんな感情を「理想」とするかに文化差があると言われています。北米の人たちは「高覚醒ポジティブ感情」、つまり興奮とかエキサイトメントみたいな強くてポジティブな感情を理想とする。ハリウッド映画って、最後に極めて強いハッピーエンディングに持っていくことが多いじゃないですか?あれってやっぱり理想とされている感情が強いポジティブな感情だからじゃないかと思うわけです。
一方、日本を含む東アジアの文化では「低覚醒ポジティブ感情」、つまり穏やかさとか落ち着きを理想とする傾向がある。更に、場合によってはネガティブな感情に対しても積極的な意味を見出すことがある。感情的にバランスが取れていることが成熟の証と言えばなんとなくピンときますかね。悲しみとか辛さも含めて受け入れることが、人間としての深みにつながるという考え方。
この感情の話と、日本の観光地の体験って、なんか繋がっているように思うわけです。つまり、日本の観光地って、基本的に「地味」に見えちゃうんじゃないかと。京都なんてまさにそう。すごく落ち着いてて、派手さがない。落ち着きの奥底に、実は色々とヤバい話があり、それを楽しむのが京都だと僕は感じますが、ぱっと見はよくわからないですね。
それが日本らしさではあるんだけど、強い刺激や興奮になれている欧米の観光客にとっては、ちょっと物足りないかもしれないんじゃないかと思うんですよね。だからみんな大阪とか大都市の方が好きなんだろうなって思います。
インバウンドのリピーター化に必要なもの
じゃあ、どうすればいいのか。
僕は、日本らしい「落ち着き」をベースにしながらも、場所によっては「強くてポジティブな感情体験」を意図的に設計する観光地があってもいいと思うんです。
例えば、修験道体験、忍者体験、アドベンチャーアクティビティ、和太鼓パフォーマンス、火祭りへの参加、ラフティング、座禅と滝行のコンビネーション、武道体験、神輿担ぎ体験とか。日本らしさを保ちながら、エキサイティングな体験を提供する。そういう「感情のメリハリ」をつけることで、周遊ルートとしての魅力も上がるんじゃないでしょうか。
地方創生の観点からも、特段有名な観光地や名所がなかったとしても、感情体験を強くし、ポジティブな感情体験をデザインするというのはできるんじゃないかなと思うんですよね。だから、むしろ観光リソースがないところほど、そういうアイデアを使ってうまく外から人を呼び込み、差別化を図ることができるかもしれません。
例えば、奈良とか京都とかがやたらド派手な観光イベントをやったら、街のイメージと合わないじゃないですか。そんなのやったら何かおかしなことになっちゃいそうですよね。そこはそのまま地味な渋みのようなものを維持した方が良いかもしれない。一方、例えばもっと地方の方は、逆に有名な観光スポットが無いことを制約の無さと理解して、ド派手な強い刺激を提供するようなものを提供しても良いんじゃないかと思います。むしろ、そっちの方に振り切るっていうことも考えられると思います。
まとめ
というわけで、今日は地方空港の成長から始まって、インバウンド観光における「感情の文化差」まで考えてみました。
日本の観光地が持つ「落ち着き」は確かに良さがあります。でも、世界中から来る観光客の「理想の感情」は多様です。特に、消費力の高い欧米やオーストラリアからの観光客は、強い感情体験を求める傾向もあるのではないかと思います。この違いを理解した上で、戦略的に体験設計していくことが、リピーター獲得につながるんじゃないでしょうか。
もしこの記事を読んで「うちの地域でもこんな体験を作れそう」とか「確かに海外旅行でもそう感じた」みたいな意見があったら、ぜひSNSでシェアして、コメントで教えてください!
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い