The Culture Factor

お問い合わせ

メールマガジン
登録

BLOGブログ

育休制度が充実すると幸福度が下がる?日本の職場が抱える「思いやりのジレンマ」- 歩きながら考える vol.139

2025.10.02 渡邉 寧

今日のテーマは、育休などの制度が充実すると幸福度が下がるという、一見矛盾する事態が日本では見られる件について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。
(*文化以外のテーマを含む全てのブログは筆者の個人Webサイトで読むことが出来ます)

こんにちは。今日はお昼休みの散歩時間を使って、ちょっと気になる新聞記事について考えてみたいと思います。

9月28日の日経新聞に、改正育児介護休業法が10月から完全施行されるという記事が出ていました。テレワークや残業免除など、多様な働き方の拡充を職場に求める法改正なんですが、記事の中で興味深いデータが紹介されていたんです。

パーソル総合研究所が2024年に実施した調査によると、仕事をフォローしている同僚社員の42.6%が制度利用者への不満を持っていたそうです。つまり、育休や時短勤務を取る人が増えると、それをカバーする側に不満が溜まっているという話。

実は、私の研究室でも最近、ある企業の職場幸福度データを分析していて、似たような結果が出たんです。「育児休業や時短勤務の制度が充実していると感じる人ほど、幸福度が低い」という、一見すると矛盾したような相関が見られました。研究室でも「あれ?」という話になったんですが、歩きながら考えてみると、これには深い理由がありそうです。

なぜ福利厚生の充実が幸福度を下げるのか

誰かが育休や時短勤務を取ると、チーム全体の仕事量は変わらないので、残った人にしわ寄せが行く。すると、フォローする側は負担増に不満を感じる。同時に、制度を使う側も「申し訳ない」という肩身の狭い思いをする。結果として、両方が不幸になるという構造です。

実際、企業も対策に乗り出していて、記事によるとエスエス製薬では育休取得者が所属するチームのメンバーに最大10万円を支給する制度を導入。明治安田生命は「かえるリレー」という取り組みで、全社員が1週間の短時間勤務を体験することで、お互いの大変さを理解しようとしているそうです。

でも、そもそもなんで肩身が狭く感じるのか。ちょっとオランダの経営学者・社会心理学者であるホフステードの文化次元の視点を使って考えてみましょう。

集団主義×男性性が生む「迷惑をかけてはいけない」文化

日本には「他人に迷惑をかけてはいけない」という強い社会規範がありますよね。小さい頃から学校でも家庭でも、そう教えられて育ってきた。でも、なぜこれがこんなに強いのか。

ホフステードの文化次元理論によると、日本は「個人主義・集団主義」のスコアが46で、やや集団主義寄りです。これは、集団のニーズが個人のニーズよりも優先されるのは当たり前、という暗黙の前提が置かれやすいということを意味します。

もう一つ、「男性性」のスコアで言うと、日本は95と世界トップレベルに高い。これは、競争や達成、成功を重視する文化ということです。

この集団主義×男性性の組み合わせだと、組織の目標は一度決めたら達成しなくちゃならなくて、それは変わらない。もちろん働く人のプライベートの事情は分かるけど、そこは集団の目標を優先させるのが普通だろうな、という前提になりやすい。だから、育休を取ることが「迷惑をかける」と感じてしまう。

これと真逆なのが、個人主義×女性性の文化です。女性性が高い文化では、目標は「目安」であり必ずしも達成すべきものという位置づけではない。また個人主義であれば、集団のニーズ、つまり目標があるのはわかるけど、個人のニーズとどっちが大切かと言ったら、それは個人のものでしょう、という前提を置くのが普通になる。

そうなると、例えば、介護や病気で事情が変わったのなら、それは組織側の目標を柔軟に変えるのが普通でしょ、という考え方になるわけです。北欧なんかはまさにこのタイプですね。

時間軸を短くして柔軟性を確保する

じゃあ、どうすればいいのか。文化を変えるのは難しいけど、システムなら変えられるかもしれません。

例えば、目標設定の期間を短くする。年間目標じゃなくて、四半期ごとに柔軟に見直す。誰かが育休に入ったら、次の四半期の目標は調整する。これなら、日本の「目標達成重視」の文化は維持しつつ、状況の変化にも対応できる。

その他に興味深いのは、オランダの「1.5人モデル」という働き方。夫婦がそれぞれ0.75ずつ働くことで、家庭と仕事のバランスを取りながら、職場にも一定の余裕を持たせる。日本でも、こういうゆとりを持たせた働き方をオプションとして可能にすることは検討に値すると思います。

それから、仕事の定型化を進めて、業務委託でプロフェッショナルとして短期で働いてくれる人をスムーズに登用できる制度を社会的に担保していくことも重要です。

今、様々な分野でプロフェッショナル人材のマッチングサービスが発達してきています。育休や介護で人が抜けたとき、速やかに専門性の高い人材を補充できる仕組みがあれば、残された人への負担も軽減できるし、制度を使う側の後ろめたさも減るはず。

家族のケアの話は深刻で、2035年には就業者の6人に1人が育児や介護をしながら働く「ケア就業者」になるそうです。これはもう、一部の人の問題じゃない。社会の問題ですね。

「迷惑をかけてはいけない」という文化に根付いた意識は中々変わらないですね。であるならば、文化的な制約を受け入れた上で、その中でどう創造的に解決するか。時間軸を短くしたり、働き方に余裕を持たせたり、プロフェッショナル人材を活用したり。そういう仕組みの工夫が、これからの日本の職場に求められているんじゃないでしょうか。

というわけで、今日は改正育児介護休業法の記事から、日本の職場文化について考えてみました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。オフィスに着いたので、今日はこの辺で。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

メールマガジン登録