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鬼滅の刃がアジア圏で人気な理由 – 歩きながら考える vol.176

今日のテーマは、鬼滅の刃がアジア圏で人気な理由の背景に透けて見える文化的価値観について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。
(*文化以外のテーマを含む全てのブログは筆者の個人Webサイトで読むことが出来ます)
こんにちは。今日は移動時間を使って、ちょっと気になった新聞記事について考えてみようと思います。テーマは「日本のアニメが世界で人気」という話。11月17日の日経新聞に、日本アニメの世界的な人気を分析した記事が出ていたんですけど、これを読んで「うーん、そういう話でいいのかな」と思ったんですよね。歩きながら、ゆるく話してみます。
「日本アニメすごい」の先にある問い
もちろん、世界中に日本のアニメが好きだっていうファンがいることは重々承知しています。Netflixのランキングデータを見ても、日本アニメが各国のトップ10に入る回数は確かに多い。でも、僕が気になったのは、その人気の「偏り」なんですよね。
記事のデータを見ると、日本アニメがよく見られている地域はアジア(香港、インドネシア、マレーシア、フィリピンなど)と南米が中心。一方で、アメリカ、カナダ、イギリスといった欧米諸国では、数的にはそこまで大きくない。
これって、単に「日本のアニメすごい」で終わらせていい話じゃないと思うんです。むしろ、作品の中で描かれている価値観が、特定の地域の価値観と共鳴しているから人気なんじゃないか。そっちの方が面白い問いだと思いませんか?

鬼滅の刃が描く「鬼=利己的な個人主義者」
ここで、具体的な作品を見てみましょう。Wikipediaの閲覧数で見ても、世界的に非常に人気が高い作品の一つが「鬼滅の刃」です。
鬼滅の刃って、よく見ると、ある種の文化的な対立構造を描いていると思うんですよ。それを、オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステードの6次元モデルで読み解いてみます。
ホフステードの理論では、文化を「個人主義/集団主義」「男性性/女性性」といった軸で分析します。ざっくり言うと、男性性が高い文化は競争や達成、成功への物質的な見返りを重視する。一方、女性性が高い文化は協力、謙虚、弱者への思いやり、人生の質を重視する。
で、鬼滅の刃の「鬼」って何かというと、様々な理由——利己心、生活へのフラストレーション、境遇への不満——から鬼になり、人を食って自分だけが強くなっていく存在として描かれています。これ、極端な形での利己的な個人主義と男性性の表れだと思うんですよね。
一方、鬼殺隊は何のために強くなるかというと、仲間を守るため、弱い人を助けるため、身内の誰もが平穏な生活を脅かされないようにするため。つまり、集団主義と女性性の価値観を体現している。
鬼滅の刃って、この対立構造を物語の核に据えている話に見えるわけです。別に個人主義や男性性が悪いわけじゃないんだけど、それが極端に利己的な形で出てきた時にどうなるか、という問いを投げかけている。
中国語やタイ語で鬼滅の刃が1位になる理由
ここからがさらに面白いところです。日経新聞の記事には、Wikipediaの各言語版での閲覧数・編集回数のデータが載っていました。これを見ると、言語圏によって人気作品が違うんですよ。
中国語やタイ語では鬼滅の刃がWikipediaの閲覧数・編集回数ともに1位。一方で、アラビア語ではワンピースが1位、フランス語やスペイン語では進撃の巨人の閲覧数が1位になっている。
なぜ東アジア・東南アジアで鬼滅の刃が特に人気なのか。僕は、鬼滅の刃が描く集団主義の価値観——仲間を守る、個人の利益より集団の調和を重視する——が、この地域の文化的な価値観と共鳴しやすいからじゃないかと思うんですよね。
特に、現代は個人主義化して、勝者総取り、みたいな男性性の価値観が前面に出ている中での社会的軋轢が生まれている。こうした社会の息苦しさに対するアンチテーゼとして、鬼滅の刃が語る、社会的古層にある価値観が魅力的に見えるということなんではないかと思うわけです。
もちろん、これは僕の仮説であって、実証されたわけじゃありません。でも、日本のクリエイターが描く物語には、やっぱりどこかしら日本の文化的な影響があって、その価値観に共感しやすい地域とそうでない地域があるんじゃないかなと思います。

まとめ:カルチャープロダクツから透けて見える世界の価値観
というわけで、今日は「日本アニメの世界人気」という話題から、文化と価値観の関係について考えてみました。
「日本のアニメすごい」で終わらせるんじゃなくて、なぜ特定の地域で特定の作品が人気なのかを考えると、そこにはその地域の価値観が透けて見える。漫画やアニメといったカルチャープロダクツの浸透度合いを見ることで、世界の文化的な地図が浮かび上がってくる。そう考えると、ちょっと面白くないですか?
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い