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咳をしてもマスクをしない欧米人 – 歩きながら考える vol.185

今日のテーマは、咳をしてもマスクをしない欧米人から考える異文化摩擦について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。
(*文化以外のテーマを含む全てのブログは筆者の個人Webサイトで読むことが出来ます)
咳をしてもマスクをしない欧米人
京都に住んでいると、外国人観光客がとても多いんですよね。特に欧米系の方々で、旅先で体調を崩されて、若干風邪気味だけど「せっかく旅行に来てるんだから寝込むわけにもいかない」ということで行動されている方がいます。
で、カフェとかコワーキングスペースで、すごい咳をしている人がいるんですけど、マスクをしていないんですよ。
これ、日本人的にはどう思います?
僕は正直、すごく嫌ですね。「病原菌を撒き散らしてるんじゃないか」と思うし、自分が咳をしているのがわかっているのに、なぜ飛沫を防ぐためのマスクをしないのかと思ってしまう。
日本では、他人に迷惑をかけないように自分を調整できる人が「大人」だという感覚がありますよね。周りへの配慮ができることが、まともな社会人の条件みたいなところがある。風邪をひいた時にマスクをするというのは、まさにその基本中の基本で、そうしないと周りの目も気になるし、ゴホゴホしている人がいたら普通は嫌でしょう。咳をしているのにマスクをしないというのは、この根本原則に反するわけで、正直に言ってしまうと、まともな大人に見えないんですよね。
ところが、その咳をしている人と一緒にいる欧米人の友達たちは、ほとんど気にしていないように見えるんですよ。「咳するならマスクしろよ」とも言わない。これは多分、文化の違いなのかなと思います。

目で読む日本人、口で読む欧米人
コロナ禍の時に「なぜ欧米人はマスクを嫌うのか?」という記事を書いたことがあるんですけど、これには心理学的な研究があるんですよね。
人のコミュニケーションって、話している内容だけじゃなくて、ジェスチャーや表情といった非言語的な手がかりから、相手が何を考えているのかを読み取るじゃないですか。東京女子大学の田中章浩教授の研究によると、欧米人は口元を見て相手の感情を読み取ろうとするのに対し、日本人は目元で感情を読み取る傾向があるそうです。
なぜかというと、口角を上げるとか笑顔を作るといった口元の動きは、意図的に自分の意思で表情を作ることができる。だから、「この人は今こういう意思を持って自分に対応しているんだな」ということが読みやすい。一方、目元ってなかなか意識的に動かせないじゃないですか。瞳孔を開くとか目を大きく開くくらいはできるかもしれないけど、目の端を上げるとかはできない。だからこそ、そこにその人の本心が出ると日本人は考えるわけです。
つまり、日本人にとっては目元が見えていれば口元が隠れていても特に問題はないので、マスクをすることにあまり抵抗がない。欧米人にとっては逆で、マスクをしちゃうとその人の表情が読めなくなるから、すごく不自然に見える。何を考えているのかわからない人が隣にいるような気持ち悪さを感じるということなんですね。
逆に日本人だと、サングラスをかけられるとちょっと怖いなと感じませんか?目が見えないから何を考えているのかわからない。ヤクザとか反社の人がサングラスをかけているイメージもあって、目が見えないというのは日本人にとっては不安なんですよね。

理解しても、モヤモヤは残る
そういう文化的な理由があるとわかっても、僕はやっぱり咳をする人にはマスクをしてほしいなと思ってしまいます。
これは公衆衛生上の観点からの話で、インフルエンザが流行っている時期に大量の飛沫を撒き散らしているというのはいかがなものかと思うわけです。文化の違いは理解できる。でも、理解することと納得することは別なんですよね。
多くの異文化理解の話って「文化が違うんだから理解しましょう」で終わりがちなんですけど、僕の場合は文化差を理解した上で「それでも咳する人はマスクしてほしい」という気持ちが残っている。この「理解はするけど、納得はしていない」という正直な感覚は、きっと多くの日本人が持っているんじゃないかと思います。
小さな摩擦が排外主義につながる前に
京都は非常に外国人が多いんですけど、こういう1つ1つの小さなことが、排外主義的なところに繋がっていくんじゃないかという懸念があります。
「マスクもしないで咳をしている非常識な外国人」という見方が積み重なると、それが「外国人は迷惑だ」という感情に発展しかねない。オーバーツーリズムの問題と相まって、観光客への反感が高まるかもしれません。
じゃあどうすればいいのか。2つのアプローチがあると思います。
1つ目は、個人的に声をかけること。欧米の人たちは、こういう場面では日本人よりも直接コミュニケーションを取る傾向がありますよね。だったら、こちらもフレンドリーに声をかけてみる。「マスク余ってるからあげるよ。日本だと、咳するときにマスクつけてると周りの人があなたのことを好意的に見るんだよね。逆につけてないと良いサービス受けられなくなっちゃうから、したほうが得だよ」みたいな感じで。相手にとってのメリットを伝える言い方をすれば、押し付けがましくならないし、むしろ親切として受け取ってもらえるかもしれません。
2つ目は、公共的なルールとして示しておくこと。「咳をされる方はマスクをしてください」みたいなサインを街の中に出しておく。「ルールなんだから従え」という雰囲気になるとお互い嫌な気持ちになるけど、理由を添えて丁寧に示しておけば、一定数の欧米人は理解してくれるんじゃないかと思います。
まあ、個人に声をかけるのはハードル高いですけどね。でも、これも良い異文化コミュニケーションのトレーニングの機会だと思って、トライしてみるのがいいのかもしれません。
というわけで、今日は咳をしてもマスクをしない欧米人から、異文化摩擦について歩きながら考えてみました。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い