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英語が上手いのに「何を言ってるかわからない」と言われる問題 – 歩きながら考える vol.207

今日のテーマは、英語力と異文化コミュニケーションの関係について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。
(*文化以外のテーマを含む全てのブログは筆者の個人Webサイトで読むことが出来ます)
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近考えていることを話そうと思います。以前のブログで渡邉雅子先生の「論理的思考の文化差」について書いたんですけど、その後、じゃあ実際にどうやってトレーニングすればいいのかを考えていて、ちょっと面白い気づきがあったので、歩きながら考えてみます。
英語力を上げれば、異文化コミュニケーションは改善する?
まず最初に、多くの人が暗黙に信じていることから始めたいと思います。
「英語力を上げれば、外国人とのコミュニケーションはうまくいく」。これ、当たり前のように思いますよね。語彙が増えれば表現の幅が広がるし、文法が正確になれば誤解も減る。発音が良くなれば聞き取ってもらいやすくなる。だから英語を勉強しましょう、TOEICのスコアを上げましょう、という話になる。
でも、本当にそれだけでいいのかな、というのが今日の問いです。

「英語上手いのに何言ってるかわからない」問題の正体
というのも、こういう話を聞くことがありますよね。同じような話を聞いたことがある人、結構いるんじゃないでしょうか。
「あの人、英語は上手いんだけど、何を言ってるのかよくわからないんだよね」
文法も発音も問題ない。語彙も豊富。でも、なぜか伝わらない。これ、日本人が英語を話すときに結構頻繁に見られる現象のようです。
ここで参考になるのが、名古屋大学の渡邉雅子先生の研究です。渡邉先生の『論理的思考とは何か』(岩波新書)によると、「論理的」と感じさせるコミュニケーションの「型」は、文化によって全く違うんだそうです。
たとえば、アメリカでは「説得」を目的としたコミュニケーションが重視されます。まず結論を言って、なぜその結論が妥当かという根拠を示して、最後にもう一度結論を繰り返す。いわゆる「結論ファースト」ですね。アメリカ人は子供の頃からこの型でエッセイを書くトレーニングを受けているので、この型で話されると「論理的だ」「わかりやすい」と感じる。
一方、日本では「共感」を目的としたコミュニケーションが重視されます。まず背景や文脈を説明して、そこで自分が感じたことや思ったことを話し、そこから話を展開させて、いろいろ話した後に結論が最後に来る。いわゆる起承転結のパターンです。
どちらが優れているという話ではなく、それぞれの文化には、その文化の中で「大切だ」と思われていることに沿ったコミュニケーションの「型」がある。そして、その型で話している限り「わかりやすい」と感じられる。人はその型に沿ったコミュニケーションをされると安心するし、型から外れると違和感を覚える。
だから、日本人が英語で話すとき、無意識に日本の型を使ってしまうと問題が起きます。結論を言う前に背景をたくさん説明して、自分の感想を挟みながら話を展開して、最後にようやく言いたいことが出てくる。英語などの言語で話していても、構造は起承転結のまま。アメリカ人からすると「結論が見えないので何を伝えたいのかわからない」となってしまうわけです。言語的には正確でも、相手が期待する「型」に沿っていないから、「論理的でない」と感じさせてしまう。
逆のパターンもあります。外国人が日本語を話していて、日本語自体は流暢なんだけど、なんかきつく聞こえるとか、ちょっと構えちゃうとか。「そんな言い方しなくてもいいのに」と感じることってありませんか? あれも同じ構造で、いきなり結論からバンと言われると、日本人としてはびっくりしちゃうんですよね。なんか、押し切られそうな感じがするというか。
つまり、言語力とコミュニケーション力は、実は別物なんです。英語力は必要条件だけど、十分条件ではない。

言語の「筋肉」と思考の「型」を同時に鍛える
じゃあ、どうすればいいのか。
言語のトレーニングに加えて、相手の文化における「型」を身体化するトレーニングが必要だと思うんです。知識として「アメリカは結論ファーストだ」と知っているのと、実際にそのパターンで話せるのは、全然違うレベルの話なので。
ただ、これまでは「型」のトレーニング環境を作ることが難しかった。日本で働いている限り、日本の型でコミュニケーションした方がうまくいくことが多いじゃないですか。だから、わざわざ違う型で話す練習をする機会がなかった。
でも、AIの登場で状況が変わったと思っています。
以前のブログで、AIで英語力が落ちたのでAIで鍛え直すという話を書きました。毎日ニュース記事を読んで、AIの音声モードで会話するというトレーニングです。これ、単に英語を話す練習になるだけじゃなくて、「型」のトレーニングにも使えるんですよね。
今僕がやっているのは、ニュース記事を読んで自分の意見を言うときに、意識的にフランス式の弁証法的なパターンで話すというトレーニングです。フランスでは、ある主張に対して必ず反対の視点を検討し、それを統合して新しい見解を導くという思考法が重視されています。渡邉先生の分類で言えば「政治の論理」で、矛盾の解決や公共の福祉を目指す市民を育てるための教育なんですね。
なぜフランス式かというと、アメリカ式の「結論ファースト」は大学時代からある程度馴染んできた型なので、今は別の引き出しを増やしたいと思っているからです。複数の型を持っていれば、相手や状況に応じて使い分けられるようになる。
言語のトレーニングって、毎日やらないと筋力が落ちていくじゃないですか。だから、どうせ継続的にやらなければならない英語トレーニングに、文化的なコミュニケーションパターンの練習を乗せてしまう。これ、すごく効率的だと思うんですよね。
まとめ:英語学習に「型」のトレーニングを乗せる
というわけで、今日は「英語力を上げれば異文化コミュニケーションは改善するか?」という問いについて、歩きながら考えてみました。
英語力は大事。でも、それだけでは不十分で、相手の文化における「コミュニケーションの型」を身につけることも同じくらい重要。そして、AIを使えば、そういうトレーニング環境を安価に作れるようになった。
「英語が上手いのに何を言ってるかわからない」と言われる問題の正体は、言語力の問題ではなく、型の問題だったのかもしれません。
ちなみに、ここから派生して考えると、「複数の文化的コミュニケーションパターンを、一人の人間が本当に習得できるのか?」という問いも浮かんできます。コードスイッチングの可能性と限界、アイデンティティの問題とか。このあたりは、また別の機会に考えてみたいと思います。
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渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い