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アメリカのソフトパワーはいつから消えた? – 歩きながら考える vol.40

2025.05.13 渡邉 寧
「歩きながら考える」

今日のテーマは、アメリカのソフトパワーについて思うこと。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題を平日(月~金)の毎朝ラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。

こんにちは! 今日も家に帰る途中、移動時間を使ってちょっと考えごとをシェアしようと思います。もうすぐ家に着くんで、その前に、最近読んだ新聞記事からゆるく話してみたいなと。テーマは「アメリカのソフトパワー」。2025年の今、アメリカの魅力って、どこに行ってしまうんだろう?という話です。

ジョセフ・ナイが叫ぶソフトパワーの危機

きっかけは、2025年5月3日の日経新聞。つい先日亡くなったハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が、「トランプ政権でアメリカのソフトパワーが傷つけられている」ってインタビューで警告していたんです(「ソフトパワー失う米国 ジョセフ・ナイ・ハーバード大学名誉教授」。ジョセフ・ナイ曰く、ソフトパワーというのは、権力やお金じゃなくて「魅力」で人を動かす力。ハリウッド映画やテクノロジーのイノベーション、自由の価値観が、「アメリカって、良いなあ」と思わせてきた。

でも、トランプ政権がこれをどんどん傷つけるような政策を取り続けている。米国国際開発庁(USAID)の予算を大幅にカットして、世界各国への援助を縮小。ミャンマーの地震が起きたときに十分な支援が出来なかったそうです。また、ビザの要件を厳しくして留学生が減る方向を許容したり。大学のダイバーシティ予算を大幅に削って、今は研究者は政権を忖度して研究テーマの書類を書かなければならなくなったり。あれ、僕らが憧れたアメリカと違う国になっていっているように思うぞ、と。

一方で、トランプが出てくる前から、アメリカの魅力は実はジワジワ落ちていたようにも思うのです。トランプがアメリカのソフトパワーを壊したんじゃなくて、ずっと溜まってた問題の「最終的な帰結」をドカンと見せつけてるだけなんじゃないかとも思います。そのあたりを今日は緩く話してみたいと思います。

アメリカンドリームはソフトパワーの中心

アメリカのソフトパワーって、根っこには個人主義があると思うんです。更にいうと、「自分次第で成功して豊かになるチャンスがいくらでもある」という「アメリカンドリーム」がソフトパワーの重要な要素だったのではないかと。

なんでこれがソフトパワーの重要な要素かって言うと、価値観の一致なんですよね。経済的に豊かになってくると、社会としては個人主義の程度が上がってくる。その時、個人の「自分の可能性を追求し、もっと豊かな暮らしがしたい」っていう思いと、アメリカの「人は才能と努力次第でどれだけでも成功できる」っていう価値観ががっちりと一致するわけです。だから、心の琴線に響く。「アメリカに行けばもっと自分らしくやっていけるのでは?」って憧れた人、僕だけじゃないですよね?

オランダの社会心理学者・経営学者のヘールト・ホフステードの国民文化の指標だと、アメリカは「個人主義 (91)」で、「男性性 (62)」の文化であることがわかる。この文化においては、個人が競争や成功、才能で這い上がることに価値が置かれる。つまり、「アメリカンドリーム」という価値観は、アメリカの文化の象徴のような表現だったのだと思います。ハリウッドの「負け犬がチャンピオンに」ストーリー、シリコンバレーのスタートアップ。こういう具体例の中に、「個人が能力と才能で成功する」という価値観を繰り返し見ることになるわけです。世界中の多くの人がアメリカに対して何らかの憧れを抱いていたのは、まさにアメリカのソフトパワーゆえだったのではないかと思います。

いつの間にか虚構に?

でも、このアメリカン・ドリーム、実は結構前から曇ってたんではないかと思います。

1980年代のレーガン時代、富の格差が広がって、”Occupy Wall-street”の運動の中でも繰り返し言われたように、トップ1%の所得が1979年の10%から2000年には20%程度に拡大した。良い大学に入るのがいつの間にか金銭的に難しくなった。ハーバードの学費は1980年の約6,000ドルから今や約54,000ドル。生活費をいれると80,000ドルかかるそうです。僕自身、5年前に大学院の博士過程に行くために、海外の大学も調べていて、アメリカの大学のあまりの学費の高さにびっくりしました。正直、こんな高い学費、誰が払えるの?と思ったレベル。

今では、親より多くの収入を得る確率は1940年生まれでは90%だったのが、1980年生まれで約50%になったと言われています。

「能力と才能さえあれば、誰でも成功できる」というアメリカン・ドリームだったけど、成功するための教育を受けるために多額のコストがかかるのであれば、家庭がよっぽど裕福でない限り、「誰でも成功出来るなんて嘘では?」と思う人が増えるのは当然でしょう。

トランプが結末を見せる

で、2025年のトランプ政権が、この曇った夢の「答え合わせ」をしてる。「グローバリズムを推進し、経済のパイを大きくすればみんな幸福になれる」と言ったけど、経済のグローバル化によって製造業の仕事は空洞化し、ワーキングクラスは仕事が減ってしまった。

金持ちの家に生まれた子どもは良い教育を受けて有名大学に入り、ますます裕福になるけれど、自分達には最初からチャンスが与えられていない。だったら、今の仕組みを壊してくれるリーダーを選びたい。それが2016年と2025年のトランプ政権誕生の背景だったのだろうと思います。

トランプがソフトパワーを壊したんじゃなくて、1980年代からの格差拡大の流れの中で、「誰にでも成功するチャンスがある」というアメリカのソフトパワーの根幹をすでに蝕んでおり、トランプでバッチリ結末を迎えた。そういうことなんじゃないか、と思います。

チャイニーズドリームは憧れになるか?

ところで、アメリカの魅力が下がったら、誰が世界のソフトパワーのシェアを取るんでしょうか。

 2025年、中国の躍進ぶりは凄いものがあります。「中国製造2025(Made in China 2025)」という政策を政府が強力に推し進め、今やAIやロボット、EVなどの主要なテクノロジー領域で中国の力はアメリカと覇を競っています。こうした背景もあってか、中国のソフトパワーが東南アジアで拡大しているそうで、そうした記事(「カワイイに国籍なし」中国ソフトパワー、東南アジアを席巻」日経新聞2025年5月7日)も目にします。チャイニーズドリームというような、経済的な成功を個人が目指す夢、あるのかもしれません。

でも、チャイニーズドリームがアメリカンドリームみたいな「心の琴線に響く」憧れになるかというと、ちょっと厳しいのかなと個人的には思います。もちろん、これからの若い世代がどう思うかはちょっとわからないところではありますが、文化的価値観での構造的な難しさがあるように思います。

ホフステードの指数を見ると、中国は「権力格差」が高い(スコア80)、「集団主義」の文化(スコア20)です。アメリカの場合、極めて高い個人主義と低い権力格差から、個人が成功するかどうかは「個人の才能と努力」次第と感じる傾向が強くありましたが、文化的な背景がアメリカと中国では少々異なります。

中国で成功するためには、権力者や有力な血縁などの「コネ」が必要なのではないか?という考えがつきまといます。もちろん、個人主義の国でも似たところはあるのだけど、その傾向が高いのではないか、という懸念がある。関係性が無い個人が、身一つで入っていってうまくやれるほど、甘くは無いだろうという連想が出てきます。

個人主義の価値観を強く持つ個人は、高い権力格差の価値観とは相性が悪い傾向があります。豊かになると個人主義の価値観が広がると考えると、現代は個人主義的な価値観を持つ個人が多いのだろうと考えられます。そのため、中国がソフトパワーを高めていくためには、この権力格差の高いイメージをどう変換するのかが大きな問題となると思います。

まとめ:結末の先の夢

というわけで、先日亡くなったジョセフ・ナイ教授の記事から、アメリカのソフトパワーをぐるっと考えてみました。トランプがソフトパワーを壊してるというよりは、1980年代からの格差拡大の中で、「アメリカン・ドリーム」はイメージと実態がズレていて、トランプはその「結末」をドカンと見せてるだけなのではという話をしました。また、中国の夢は経済パワーあるけど、権力と自由の壁があって、アメリカみたいな憧れになるかというと、ちょっと疑問符がつく、と今のところは思っています。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。 家に着いたんで、今日はこの辺で終わりにします。また次回の「歩きながら考える」で会いましょう!


渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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