The Culture Factor

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「歩きながら考える」

今日は、転職者のおよそ6割が転職先で孤独を感じている、という状況の文化的な背景を読み解きます。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は梅雨の雨で外を歩けないので、家でコーヒーを飲みながら、最近気になった新聞記事について考えてみようと思います。転職者の孤独感と、その背景にある日本人の意外な特性について、ちょっと深掘りしてみますね。

転職者の6割が感じる「職場の孤独」

きっかけは、日経新聞の2025年6月5日の記事でした。「中途採用『職場で孤独』6割」という見出しを見て、思わず手が止まりました。

記事の中で紹介されていたパーソルキャリアの2020年の調査によると、転職後3ヶ月から1年の20代から40代の男女500人のうち、約6割が職場で孤独を感じているとのこと。転職者の声として「転職先の独特な社内用語や慣習を覚えるのに苦労して、前職の職場環境が懐かしい」という話が紹介されていました。

6割って、かなり高い数字ですよね。転職した人の半分以上が孤独を感じているなんて。でも、なぜ日本でこんなに高い割合になるんでしょうか?

メンバーシップ型雇用が生む「見えない壁」

日本の大手企業の多くは「メンバーシップ型」という雇用体制を採用しています。これは、欧米などで一般的に見られる「ジョブ型」とは異なる雇用体系の仕組みとされています。

ジョブ型は、特定の仕事やポジションに必要なスキルを持った人を採用する。一方、メンバーシップ型は、まず会社のメンバーになって、その後で仕事が決まる。新卒で入った人は、ジョブローテーションを繰り返しながら、その会社独特のやり方、人脈、暗黙のルールを何年もかけて身につけていく。

そんな環境に中途で入ると、どうなるか。前の会社でどんなに優秀でも、「うちのやり方」を知らないと「こんなこともできないの?」となりかねない。会議の進め方一つとっても、会社によって全然違いますからね。

これって、転職者にとってはものすごくハードルが高い。同期入社の仲間もいないし、社内の暗黙知を教えてくれる人もいない。そりゃ孤独になりますよね。

日本人は本当は「優しくない」?衝撃の研究結果

ここで、さらに興味深い研究結果を紹介します。

名古屋大学で発表されている研究によると、日本人はアメリカ人と比較して「共感的関心」(困っている人への同情や思いやり)が低いことが明らかになっています。一橋大学の鄭先生と名古屋大学の石井先生の研究チームが実施した日米比較研究です。

この研究によると、日本人が困難や精神的苦痛を抱えている他者に対して共感的関心が低い理由は、「社会規範や秩序を逸脱・違反した報い」として理解する傾向があるからだそうです。

これを転職者の状況に当てはめて考えてみると、転職して困っていたとしても、「転職すれば環境が変わって難しさがあることは分かっていたはずで、それを選んだことも含めて本人の自己責任である」という考えに無意識的になり、共感的関心を持って積極的にサポートするということにはなりにくいのかもしれません。

日本は集団主義的な文化だと言われていますが、それは必ずしも「人に優しい」ことを意味しないんですね。

制度で変える、行動を変える

じゃあ、どうすればいいのか。「助け合いの心を持って仕事を進めましょう」というような掛け声をしたとしても、おそらく有効性は望めないのではないかと思います。

必要なのは、制度的にインセンティブを付けるというアプローチです。例えば、中途採用者に対して立ち上がりのサポートをし、1年程度で継続的・自律的にパフォーマンスを出せるような体制になる支援をしたとしたら、その支援をしたプロパーの社員のメンタリングスキルを極めて高く評価し、人事評価や報酬に反映させるといったことが考えられます。

この点は現場任せにするのではなく、もし中途採用者の活躍が会社としてどうしても必要なのであれば、経営層が明確なメッセージを出し、インセンティブの制度を明確に作るということが必要だと思います。

ホフステードの文化次元理論によれば、日本は「不確実性の回避」が高く、また「権力格差」が低い文化というわけでもないので、経営が行動規範とそれに結びついたインセンティブ制度を明確に作ると、それを規範として組織内メンバーの行動が変わっていくと考えられます。

まとめ:孤独を解消する鍵は「仕組み」にあり

今日は転職者の孤独問題から、日本人の意外な特性まで考えてみました。「集団主義なのに人に優しくない」というパラドックス、なかなか考えさせられますよね。

でも、悲観的になる必要はありません。文化的特性を理解した上で、適切な制度設計をすれば、状況は改善できるはずです。人材の流動性が高まる時代、中途採用者が活躍できる環境づくりは、企業の競争力に直結する重要な課題です。

もしあなたの職場でも似たような問題があったら、ぜひこの記事をシェアして、議論のきっかけにしてもらえたら嬉しいです。「うちの会社ではこんな工夫をしてるよ」という事例があったら、ぜひコメントで教えてください。

雨音を聞きながら考えた今日の話、いかがでしたか?最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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