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会社のジムが生む「一石三鳥」の幸せ – 歩きながら考える vol.69

2025.06.23 渡邉 寧
「歩きながら考える」

今日は、会社にジムを設置して社員の運動習慣を変えることの効果について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、昨日読んだ日経新聞の記事から考えたことを、ゆるく話してみようと思います。6月16日の記事で、会社にジムを併設して女性社員も運動しやすい環境を作った企業の話が紹介されてたんですけど、これがめっちゃ興味深くて。健康経営の本当の価値について、歩きながら考えてみます。

古郡建設で起きた「小さな変化」の連鎖

で、記事の中で紹介されていたのが、埼玉県深谷市の古郡建設の取り組みなんですよ。この会社、社内にジムを併設して、就業後すぐに社員が利用できるようにしたとのこと。

さらに、面白いのは、ただジムを作っただけじゃないってところ。ヨガレッスンを開いたり、ランニングイベントを企画したり、プロギング(ゴミ拾いしながらランニング)を開催したり。社内運動会やダイエット企画など、社員が参加出来るイベントを色々と開催していったとのこと。

その結果、週1回以上運動したいっていう意識を持つ社員が、1年で13.7%から37.3%まで上がったそうです。健康に関心を持つ社員が1/3以上になったということですね。なんか社内の雰囲気、めっちゃ変わったんだろうなって思いません?

健康経営の「見えない価値」に注目すべき理由

で、ここで注意しないとならないのが、最近の研究が示唆していることなんですけど。ハーバード大学医学部の著者らが実施した32 974名の大規模研究では、ウェルネスプログラムを実施した職場で確かに運動率は上がったものの、BMIとか血圧みたいな健康指標の改善は見られなかったということなんです。つまり、意識変革はそんなに簡単には実際の健康成果には繋がらないということ。

でも、だからといって、この手の施策に効果がないわけじゃないと思うんですよ。むしろここで注目すべきは、数値化しにくいけれど重要な効果。特に、人間関係の構築とか、チームワークの改善とか、そういう人と人との繋がり(ソーシャル・キャピタル)が長期的に効果を持つんじゃないかと思うんです。

ソーシャルキャピタルが職場を変えるメカニズム

古郡建設の事例で特に注目したいのは、運動を通じて生まれる「仕事以外のつながり」なんですよね。ヨガクラスで一緒になった他部署の人とか、ランニングで励まし合った先輩後輩とか、プロギングで汗を流した仲間たちとか。こういう関係性って、実はものすごく価値があるんじゃないかと思うんです。

ソーシャルキャピタルと健康に関する包括的なシステマティックレビューによると、こうした社会的なつながりは精神的・身体的健康の改善と関連してて、さらには死亡率に対する保護因子にもなることが示されています。

職場で言えば、部署を超えた横のつながりができることで、仕事の相談もしやすくなるし、困った時に助け合える関係が生まれる。「あ、この前ヨガで一緒だった〇〇さんに聞いてみよう」みたいな感じで、組織の風通しが良くなるんじゃないでしょうか。それが精神的・身体的に健全な状態に繋がる可能性がある。

幸福感が生産性を押し上げる「正のスパイラル」

で、さらに面白いのが、従業員の精神的・身体的健康の向上は、職場全体の成果にも影響する可能性があるっていう点なんです。「Happy-Productive Worker Thesis(幸福な労働者は生産的である)」っていう理論は昔からよく研究がなされています。

で、ここで興味深いのが因果関係の話。幸福が成果につながるのか、成果が高いから幸福になるのか。もちろん両方向の関係があるんですけど、統計的に因果関係の分析を行うと、幸福であることが生産性に影響を与えるっていう方向性がより強いということが示唆されています。私たちが行った調査の分析でもそういう結果になっていました

つまり、ジムで生き生きと運動する社員が増えると、健康意識の高まりや、人間関係ネットワークの発展が期待できるかもしれず、それは幸福感に繋がり、更に幸福感は最終的に組織の成果に繋がるかもしれないということ。「なんか最近、会社の雰囲気いいよね」「みんな楽しそうだよね」っていう空気感が、結果的に仕事のパフォーマンスも押し上げる。こんなことが出来たら、めっちゃ良くないですか?

健康になって、人間関係も良くなって、仕事の成果も上がる。古郡建設の取り組みは、まさに「一石三鳥」の効果を生んでるんじゃないかなって思うんですよ。

長期的視点で見た健康経営の価値

で、最後に考えたいのは、こうした取り組みの長期的な価値なんですけど。

特に男性の場合、これめっちゃ重要だと思うんですよね。日本の伝統的な価値観だと、男性は仕事で一生懸命働いてお金を稼ぐっていうのが性別役割として期待されてるところがあるじゃないですか。で、そこにエネルギーを使い果たしちゃって、それ以外のプライベートでのソーシャルキャピタルの構築が、女性に比べると薄くなりがちです。

これってリスキーなんですよ。定年になった瞬間、仕事上の関係性がプツンと切れちゃう。役職も肩書きもなくなって、「部長」じゃなくなった瞬間に誰とも会わなくなる。で、急に孤独になって、幸福感がガクッと下がるっていう。

でも、会社のジムで一緒に汗かいた仲間は違うんですよ。「部長」じゃなくて「ランニング仲間の〇〇さん」として繋がってるから。会社辞めても、「今度また走りましょうよ」って言える関係。これ、人生100年時代において、めちゃくちゃ大切な資産だと思うんです。

確かに、血圧とかコレステロール値がすぐに改善するわけじゃないかもしれない。でも、運動習慣が身について、職場の人間関係が良くなって、仕事へのモチベーションが上がって、さらに定年後も続く仲間ができる。これって、5年後、10年後を考えたら、ものすごく大きな財産じゃないでしょうか。

まとめ

というわけで、今日は日経新聞の記事から始まって、健康経営の価値について考えてみました。測定可能な健康指標だけじゃなく、ソーシャルキャピタル、そして幸福感と成果の関係。こういう多面的な視点で健康経営を捉えると、その本当の価値が見えてくるんじゃないかなって思います。

もし皆さんの会社でも似たような取り組みがあったら、ぜひSNSでシェアして教えてください。「うちはこんなことやってるよ」とか「これ読んで、こんなこと思った」とか、コメントもらえると嬉しいです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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