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ネット選挙が変える政治の風景:「わかりやすさ」という劇薬について – 歩きながら考える vol.75

2025.07.01 渡邉 寧
「歩きながら考える」

今回は、昨今気になる政治状況について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は四条烏丸から家に帰りながら、最近の選挙について考えたことを話してみようと思います。印刷屋さんに名刺を取りに行った帰り道なんですけど、ふと、ニューヨーク市長選の話を思い出して。2025年6月24日に行われた民主党予備選で、33歳の若い候補が前州知事を破ったっていうニュースなんですが、その勝因が興味深くて。経済対策に絞って、ネットを徹底的に活用した選挙戦を展開したそうです。イデオロギーの話はせずに、生活苦や物価高といった、有権者が直面している問題に集中したんですね。

日本でも始まったネット選挙の時代

このニューヨークの話、実は日本でも全く同じことが起きています。去年の都知事選、それから秋の兵庫県知事選あたりから、極めて明確にネット選挙の影響が見られるようになってきました。特に印象的だったのは、縦型の切り抜き動画を活用した選挙戦略。TikTokやYouTubeで見る、あの縦長の短い動画が、政治の世界でも威力を発揮し始めたんです。

先日の都議会選挙でもネットの活用は顕著でしたし、7月の参議院選挙でも同じような現象が見られると思います。実績とか政策の積み上げとか、議会での活動とか、そういう従来の評価軸よりも、「わかりやすい話がネットで拡散されたかどうか」が勝敗を分ける時代になってきている。選挙の在り方そのものが、根本的に変わりつつあるんじゃないでしょうか。

生活苦への「わかりやすい」二つの処方箋

ここで少し立ち止まって考えたいのが、生活が苦しい時に人々が求める「わかりやすい解決策」についてです。おそらくグローバルでも一緒だし、今の日本でも見られている現象ですが、生活が苦しい時の根本的な解決策は2つに絞られてくるように見えます。

一つは、大きな政府が助けてくれることを期待するという方向性。極端な財政出動や減税を求め、それをしない現状の政権は巨悪であるという話し方で、現政権を悪魔化するやり方です。これは主に極左的な立場の人たちが取る戦略ですね。

もう一つは、経済が縮小していく中で限られたパイの奪い合いをしていると認識し、マイノリティや異質な他者のグループを特定して、その人たちをパイの争いから蹴落とそうという話です。今でいうと、外国人の排斥運動のような流れ。こちらは極右に近い立場の人たちが取る戦略です。

興味深いのは、極左の人たちは外国人排斥の立場は取りにくいのに対し、極右の人たちは外国人排斥プラス積極財政という「両方取り」のポジションを取れるということ。その結果、途中までは極右も極左も両方とも議席を伸ばすと思いますが、最終的には両方の主張を兼ね備えている極右の政党が勝つことになると予想しています。似たような現象は今年の欧州の選挙でも見られていて、ネットを使った極右・極左の政党が支持を伸ばしていますが、これももうしばらくすると極右側に収束していくのではないでしょうか。

ワイマール共和国の不気味な既視感

この「わかりやすいストーリー」への収束という現象、実は歴史的に見ると既視感があります。ワイマール共和国時代のドイツです。

ヨーゼフ・ゲッベルスという人物をご存知でしょうか。ナチスの宣伝相として、プロパガンダの天才と呼ばれた人物です。彼は1926年にヒトラーによってベルリンの地区指導者に任命されましたが、当時ナチスはまだ弱小政党でした。

ゲッベルスは何をしたか。わざと共産党の支持基盤である労働者街で演説をして、衝突を引き起こしたんです。暴力沙汰になることもあったけど、それをあえてやった。なぜか?政治の世界では基本的に「悪名は無名に勝る」からです。いざこざをわざと起こして、一部の人からは激しい批判を受けるかもしれないけれども、それによって認知度を確立していった。

この話は現代と非常に類似性があって、今ではいざこざを起こす舞台は街角からネットに移っています。ネット上の罵り合いや激しい言い合いの応酬などを見ると、ワイマール共和国時代に見た話が現代にネットに場所を移して展開されているのではないかと考えてしまいます。結局この手法をテコにして、ドイツではナチスが一気に議席を伸ばし、最終的に何が起こったか私たちは知っています。

感情の時代をどう生きるか

最後に、個人的な思いを少し。僕らの世代は戦後民主主義の中で育ち、「はだしのゲン」といった作品を通じて、戦時中の理不尽な弾圧について学んできました。憲兵が来て言いがかりをつけられるような時代は、本当にお断りです。

政治は「感情の運動」だということは理解しています。理性的な議論だけでは、多分この流れは止められない。でも、だからといって諦めるわけにはいきません。少なくとも自分と家族と仲間が変な被害に遭わないように、冷静に状況を見極めて行動していく必要があると思っています。

「わかりやすい解決策」は、そのような単純な話で解決するのであれば、今の政治家がすでにやっていると考える方が自然ではないでしょうか。複雑な問題には複雑な解決策が必要。でも、生活が苦しい時、人はどうしても「わかりやすさ」に惹かれてしまう。この矛盾を抱えながら、私たちはどう生きていけばいいのか。

みなさんは、この「わかりやすさ」の時代をどう見ていますか?ネットで拡散される政治メッセージについて、どんなことを考えますか?ぜひ、SNSでシェアして、みなさんの考えを聞かせてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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