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貧困問題を「価値観」抜きで考える – 歩きながら考える vol.90

2025.07.23 渡邉 寧
「歩きながら考える」

今回は、貧困問題を男性性・女性性の次元で考える試みについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、毎日新聞の記事を読んで少し思ったことがあるので、それについて書きます。貧困問題についての識者の見解が載っており、多面的な見方ができて面白かったんですよね。歩きながら、ゆるく話してみようと思います。

毎日新聞の記事から見えた二つの視点

まず最初に、記事の内容を簡単に説明しますね。

日本女子大の岩永理恵先生は、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」に立ち戻って、貧困問題を語っています。生存権という理念を大切にしながら、現実とのギャップを民主主義的なやりとりで埋めていくべきだという考え方ですね。

一方、大分大学の志賀信夫先生は、経済体制の視点から興味深いお話をされていました。今の社会では利益が出るものしか生産されないから、必要なものにアクセスできない人が出てくる。だから生活必需品を「商品」じゃなくしていく必要があるっていう話です。水俣のチッソの例も出てきて、企業が来る前は自分たちで必要なものを作っていたのに、賃金労働に変わったことで貧困が生まれたという話も、なるほどなぁと思いました。

両方とも非常に面白い視点なんですけど、ここで貧困問題をホフステードの文化次元理論から眺めるとどんなことが見えるのか、ちょっと考えてみました。

ホフステードの文化次元から見る貧困問題の難しさ

岩永先生の憲法問題としてのアプローチを見ると、これは「女性性」の価値観に基づいているように見えるんですよね。厳しい状況にあっても生きていける状態を社会が保障するという考え方は、弱者への配慮を重視する女性性的な価値観の表れだと思います。

志賀先生の経済体制の視点も、利益を中心に考えたときにそこから弾かれる人が出てくることを問題視しているという意味では、やはり女性性的な価値観と考えることができるかもしれません。

一方で、ホフステードの文化次元を見ると、「女性性」の対極として「男性性」の価値観が定義されています。男性性の価値観では、競争や成功、達成が重視される。そして日本は、世界でもトップクラスに男性性が強い社会とされています。

ここに日本における貧困問題の難しさがあるんじゃないかと思うのです。つまり、貧困問題を「弱者問題」として位置づけちゃうと、価値観に基づいた議論になってしまって、男性性の価値観を持つ人たちからすると、経済成長やグローバル競争で勝つことの方が重要で、貧困問題は「あまり重要ではない話」と位置付けられてしまうのではないでしょうか?議論をしても、どちらの価値観を持つ人にとっても相手側の主張はピンとこないので、それ以上議論が深まらないということがあるのではないかと思うのです。

日本の男性性文化と低賃金問題

貧困問題と賃金問題は必ずしも同じではありませんが、ここで低賃金の問題について考えてみたいと思います。

日本は男性性が高い文化で、強い立場・成功した人に社会的関心が置かれがちという特徴があります。企業と労働者の関係においても、相対的に力の強い企業や、そうした企業を代表する経営者の意見に社会的な関心が置かれてきた側面があるのかもしれません。

その結果、労働条件についてはあまり関心が払われてこなかったのではないでしょうか。企業側には、低賃金の労働力を豊富に持つという潜在的な期待があったのかもしれません。また、日本がそれほど個人主義の国ではないために、個人の利益に対する配慮が欠けがちだったということも、もう一つの理由としてあるかもしれませんね。

バブル崩壊後、非正規雇用を増やしていくことによって人件費に対するフレキシビリティを担保し、人件費をより自由度の高い変数として捉える側面があったんじゃないかなって思うんです。でも、これって本当に企業のためになったんでしょうか?

低賃金による低成長パラドックス

ここで面白いパラドックスがあるんじゃないかと思うんです。利益を出そうと思って賃金を抑えると、回り回って企業の成長機会も失われてしまうという「低賃金による低成長パラドックス」。

まず、低賃金が広がると内需が縮小するんじゃないでしょうか。みんなの購買力が下がるわけですから、モノが売れなくなる。企業は海外市場に活路を求めざるを得なくなりますが、国内市場が弱いと足腰が弱くなってしまうかもしれません。

さらに重要なのは、安い労働力に頼れることが、企業のイノベーションやオペレーション改善、DX推進などにとってネガティブに働いたんじゃないかということです。賃金を下げれば利益が出せるなら、わざわざ新しい技術を開発したり、業務を効率化したりする必要性を感じなくなるかもしれない。これが将来的な成長力を下げているのかもしれませんね。

実際、日本の労働生産性は先進国の中でも低い水準にとどまっています。もし労働力にちゃんとコストがかかる前提で経営していたら、企業はもっと必死に生産性を上げる工夫をしたんじゃないかなって思うんです。

まとめ:価値観によらない議論の重要性

今日は毎日新聞の記事から始まって、貧困問題を価値観対立ではなく経済問題として捉え直してみました。

ちょっと考えてみると、日本は男性性の価値観が強い社会なのに、経営者の意思決定の質に対してはちょっと甘かったんじゃないかという気もします。本当に競争を重視するなら、低賃金に頼れるオプションを絶って、イノベーションで勝負すべきだったのかもしれません。この観点から考えると、男性性的な価値観を持つ人たちも、より真剣に貧困問題や低賃金問題を考えるきっかけになるかもしれませんね。

結局のところ、どちらかの価値観によらないように議論を位置づけることが、より広範な議論を可能にして、より深くて長くて継続的な議論を展開するコツなのではないでしょうか。「弱者を助けるべきか」という道徳的な議論じゃなくて、「どうすればみんなの生活が良くなるか」という実利的な議論にすることで、もっと建設的な解決策が見つかるんじゃないかと思います。

もしこの記事を読んで何か思うところがあったら、ぜひSNSでシェアしてコメントで教えてください。貧困問題について、みんなで知恵を出し合っていけたらいいなと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧

博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い

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