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今回は、街の魅力を高めるために研究者がコミュニティに入り込んでいくアイデアについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近読んだ日経新聞の記事から考えたことを話してみようと思います。富裕層の移住と教育の話から始まって、日本の研究者を取り巻く環境、そして「知的好奇心のある町」という新しいビジョンまで、歩きながらつらつらと考えてみました。
富裕層が子どもの教育のために国を選ぶ時代
日経新聞の記事によると、2025年に世界で14万2000人の富裕層が国境を越えて移住するそうです。移住先として挙げられていたのはUAE(9,800人)やアメリカ(7,500人)でした。
もちろん、税制や政治的な安定性が移住先選定の重要な要因だとは思うんですが、記事の中で焦点を置いて報告されていたのは教育の質の話でした。中年期以降で移住する場合は家族帯同で来ることが多く、家族の生活、特に子どもの教育が重要な判断要素の一つとして入ってくるという話です。
記事で印象的だったのは、ベトナムから移住した建設会社経営者の言葉。「息子に建築家になっていい人生を送ってほしかった」。これ、富裕層だけの話じゃないと思うんですよ。新興国の中間層の上位、いわゆるアッパーミドルクラスあたりでも、子どもにより良い教育環境を与えたいと思ったら、国を選ぶ時代になってきてるのかもしれません。
なぜ日本が移住先として選ばれないのか
教育が移住先の判断要素として重要であるとすると、日本が居住先、移住先として選ばれるのは、現状ではなかなか難しいかもしれません。
例えば高等教育で見ると、日本の大学の世界ランキングは正直あまりパッとしない。QS World University Rankings 2025では、東京大学が35位、京都大学が57位となっています。
特に低いのがグローバル関係の指標で、例えば、「International Faculty Ratio」で、東京大学が15.9、京都大学が22.9。こういうのを見ると、日本の大学はトップ校でもグローバル対応の準備がまだ整っていないということを示しているのかもしれませんね。
それらに加え、より根本的な問題としては大学の研究機能の弱体化、すなわち大学教員の処遇があまりにも厳しいという点があると思うんです。
研究者という「大博打」に人生をかける
そもそも、大学の教員を目指すということが、現在の若い人にとって現実的なキャリアなのか、という点について疑問に思います。
例えば、毎日新聞で読んだ大学教員の雇い止めの話。2013年施行の改正労働契約法では、研究者は10年を超えると無期雇用への転換を申し込めるんですけど、大学側はそれを避けるために、5年の任期の後、半年間のクーリング期間を置いてまた雇うという。なぜかというと、それによって10年の累積期間にカウントされなくて、カウントが一旦止まるからです。その半年間は無給の研究員として大学に残る。
研究者のキャリアって、5年とか10年とかやってみないと成果が出るかどうか分からない、ちょっと博打っぽい要素がありますね。キャリアとしての大博打なのであれば、当然成功した時の大きな報酬というものが期待されるわけですが、あまり大学の先生が大きな収入を得ているという話は聞かない。にもかかわらず、雇用は不安定という話だけ多く聞きます。これが募ってくると、若い人にとって研究者を目指すということは、なかなか魅力的なキャリアとは映らないんじゃないでしょうか。
レジデンシャル・リサーチャーという新しい形
でも、ここで発想を転換してみましょう。
京都の町を歩いていると、小さなギャラリーにアーティスト・イン・レジデンスがいたりします。アーティストが町に滞在して作品を作り続ける。このように街中にアーティストが一時的に住んでアート活動を行うというのは、街中の文化的要素を分厚くする上ですごくいいなと思うんですよね。
これ、研究者でもできないかな、と。「レジデンシャル・リサーチャー」とでも呼びましょうか。
市民から薄く広く、一定数のリサーチャーをサポートしてもらう代わりに、リサーチャーは常に自分の研究を目に見える形でコミュニティの中に還元することを考える。展示でもいいし、書籍でもいいし、市民向けの講座という形で市民向けの教育をしてもいいし、読書会を主催してもいいし、街頭でのパフォーマンスでもいい。子どもへの教育に貢献することもできるでしょう。とにかく街中にアート作品があるように、何らかの形でその街が文化的に熟成されているということを目指す。表現することに自分の研究時間の一定量を当て込んでいくということです。
創造的な人材が集まる街は、それ自体が魅力的になって、さらに人を呼び込むという効果があるんじゃないか、と思うんですよね。また、シニア層の学び直しニーズも確実にあるでしょう。歴史、経済、政治、科学…知的好奇心って、年齢とともに深まることも多いじゃないですか。
そうすることで、研究と日常生活の間の壁や溝というのも浅くなるかもしれないし、コミュニティや現実社会の中のテーマをもとに研究テーマを洗練させていくということもあるかもしれない。これは双方向的にいい効果があるんじゃないかと思います。
完全な基礎研究で、コミュニティに向けての活動が成り立たないという研究領域もあるかもしれませんが、大抵の研究領域だと、社会との接点を太くする良い機会になるんじゃないかと思います。
まとめ
というわけで、今日は富裕層の移住と教育の話から始まって、日本の研究者を取り巻く厳しい環境、そして「レジデンシャル・リサーチャー」という新しい研究者のあり方まで、歩きながら考えてみました。研究者が町に溶け込んで、市民と一緒に知的好奇心を育てていく。そんな未来って、なんか一石二鳥っぽくて良さそうに思いませんか?
もしこの記事を読んで「うちの町でもできるかも」とか「こんなアイデアはどう?」って思った方がいたら、ぜひSNSでシェアして、コメントで教えてください。みんなで知恵を出し合って、日本の研究環境を少しずつでも変えていけたらいいなと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

渡邉 寧
博士(人間・環境学)
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い