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パリで働く、日本人マーケターの“トレンドレポート”(2)

2018.08.10 山本 真郷 / 渡辺 寧

Vol. 2
隙間時間で文学復興(ルネサンス)
「物語の自動販売機」

ファッションを中心とした新しいライフスタイルの発信源である、フランス・パリ。
パリに駐在する日本人マーケターが街中で見つけた、新しいトレンドを紹介。
トレンドをマーケティングと異文化理解の2つのフレームから読み解きます。

駅に出現した風変りな装置

パリでの生活が始まり、2カ月が経とうとしています。マロニエやプラタナスの街路樹は色づき、いかにも秋らしくなってきました。(注釈 この記事は2017年12月号の宣伝会議に掲載されたものです)「読書の秋」とも言いますので、今回は読書にまつわるビジネスをレポートしたいと思います。

現地での仕事も本格稼働し、外に出る機会が増えつつありますが、パリ市内の移動はもっぱら「メトロ」(地下鉄)を利用しています。安くて便利なのですが、駅構内は大抵汚い上、薄暗く、目に入るのはスナックの自動販売機程度と、駅は電車を乗り降りするだけの空間と言えます。そんなメトロで乗り継ぎをする際、不思議な光景を目にしました。昔のSF映画に出てくるロケットのような形をした装置から「長いレシート」を出しては立ち去る人々の姿です。

この装置は「物語の自動販売機」と呼ばれるもので、電車の待ち時間などの隙間時間に気軽に読める「短編物語」(小説や詩などの文学全般)が厚手のレシート紙に無料で印刷され出てきます。選択できるメニューは「尺」(1分、3分、5分)のみ。例えば「1分」を選択すると、1分位で読み切れる短編が印刷されるという仕組みです。スマホ時代にあって、一見時代遅れに見える状景ですが、違和感を抱くどころかお洒落に映るのはパリだからでしょうか。



文学のエコシステム

同サービスはグルノーブル(仏・南東部)の出版社「Short Edition」が「人々の活字離れ」を危惧して始めたもので、印刷される短編作品は同社が運営する「短編のオンラインコミュニティ」に投稿された作品から選出されています。投稿数は現時点で8万5千編に及び、コミュニティ内で評価されると「物語の自動販売機」だけでなく、ポッドキャストによる配信や出版の機会が得られます。
「物語の自動販売機」は待ち時間が発生する公共機関にとってメリットがあるだけでなく、収益の一部は作家へ配当されるので、まさに文学のエコシステムと言えます。

なぜ、スマホアプリやWebではなくて「紙」の「自動販売機」なのか? 考案者の一人であるクリストフ・シビュード氏(CEO)によれば「オンラインから始めたサービスなので、スマホが悪いとは言わないが、紙に印刷されれば情報の渦から遮断され、読書の質はおのずと高まる。読み終えた後に誰かにあげることもでき、物理的な広がりもある」として印刷物の絶対的な役割に触れ、「自動販売機は短編作品や作家の存在を可視化させる手段として極めて有効」と、テクノロジーだけでは活字離れに歯止めがかけられない現実に対する突破口になると自信をうかがわせます。

「物語の自動販売機」は2年足らずで145台が設置され、その設置場所は大半が公共交通機関やショッピングモールでしたが、直近では高校にも導入されています。「物語」を「自動販売機」で扱うという着想は確かに面白いですが、導入先にとって経済合理性に見合ったものなのか、設置先の「導入理由」についても聞いてみました。

「待ち時間が知的体験に変わる」

「コンセプトもデザインも良い」

「お客さまをサプライズできる」

どうやら合理性や効率とは異なる観点で支持されているようです。

「分かりやすい」に価値を置かない

オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステードは世界各国の文化をスコア(数値)で表現しました。この研究を元にすると、各国の市場で何に価値が置かれるのか、紐解きやすくなります。なぜ「物語の自動販売機」がフランス市場で生まれるのか、その理由を国民文化の切り口から見ていきましょう。

国民文化の切り口から見ると、日本では「西欧」と一括りにされるヨーロッパ各国の文化の中には、4つの文化パターンがあることがわかります(①英国/アイルランド、②北欧諸国、③ドイツ周辺、④フランス/北イタリア/スペイン等)。

この中で、フランスの文化は異文化を研究するコミュニティの中でもしばしば取り上げられるのですが、「分かりやすい」ことに必ずしも価値を置きません。このことは広告表現にもよく現れ、例えば航空会社のエールフランスの広告には一見、どこの会社の広告なのか分からないものがあったり、飲料のオランジーナの広告には広告が何を意味しているのか分からないものがあったりします。

スマホで気軽に物語が読めるのであれば、それは「便利」で「分かりやすい」かもしれませんが、スマホ全盛の時代に駅の「自動販売機」でわざわざ紙に物語を印刷して読むという行為は「便利さ」や「手軽さ」のような分かりやすい価値とは異なるものを大切にしているように見えます。

フランスの文化は「Elegance」と「Cleverness」を大事にすると言われます。「物語の自動販売機」は万人が使う便利な道具というわけではないかもしれません。しかし、「スマホ全盛の時代にわざわざ紙」に印刷し「短い動画が増えるメディア状況に対して文字メディアの物語」を推すアプローチは、周縁化されつつある古いメディアを駅の自動販売機という新しい形で蘇らせるものであり、フランスの「Elegance」と「Cleverness」を大事にする文化においては価値あるものとして受け取られるのかもしれません。


WRITER

山本 真郷 / 渡辺 寧

- 山本 真郷 プロフィール -FUJIFILM Frances(フランス現地法人)
Directeur General Adjoin
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士フイルムに入社。入社以来、写真事業に従事し、チェキ(instax)のブランドマネージャー時代に数々のエポックメイキングな商品・販促を企画。著書に『非営利組織のブランド構築-メタフォリカル・ブランディングの展開』(渡辺との共著)。- 渡辺 寧 プロフィール -ホフステード・インサイツ・ジャパン取締役慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、ソニーに入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事した後、ボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。現在は独立し組織開発での企業支援を行う。

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