Never say never, never say always

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Never say never, never say always
Never say never, never say always

こんにちは、itimの宮森です。

「文化とマネジメント」をテーマにしてから、自分に課していることがあります。

それは、決してJudgemental にならないこと。「決めつけない」という訳が最も適しているでしょうか。

日本で生まれ育ち、30代後半で初めて外国暮らしを体験したわたしには、本質を理解するまでに時間のかかった単語のひとつです。

あれは、大学院でのグループワークの時間でした。英国人の仲間は余計なことや意味のないことに時間を使って、議論のための議論に終始しているように、わたしには見えました。締め切り時間も迫っていたので、「もう時間がないからサマリーしようよ。今Aの言ってたことはこうで、BとCはこういう意見だから、双方のいいところを取ると・・・」や声をかけたのです。その途端、他の仲間(全員英国人)から、You re so judgementa!!の声があがりました。アングロサクソンの文化では、自分の意見をはっきりと持つことが大前提で、異なる意見を戦わせる中から、さらにベターな結果が出ると信じています。一方わたしは、締め切りに間に合わせるためにサマリーに入った。それは彼らから見ると、わたしが彼らの意見を「決めつけ」、意見を戦わせる機会を奪ったことに他なりませんでした。自分が何か悪いことをしたとはとても思えなかったわたしは、強烈な主張を戦わせるグループワークに疲れ果て、最後にはそこから脱落してしまいました。

この強烈な体験から”not be judgemental” と、自分の意見を持ち強く主張することの違い, constructive criticismとは何かを徐々に学んでいったように思います。その後、東南アジアや東欧でプロジェクトをマネジメントした時には、会議で強く主張したら今度は返って総スカンをくらい、作戦を変えて「聞く力、サマリーする力」を前面に出してみたら、チームメンバーから高い評価をもらったこともあります。こうしてわたしは、議論の仕方、仕事の進め方には様々な好みがあり、それは個人の傾向だけではなく、国の文化的価値観の違いが大きく影響することを、傷つき涙を流しながら学んでいったように思います。

文化に正解はないので、傾向を推し量ることはできても、最終的に何が起きているかは、コンテクストを充分に配慮する。決めつけず、何が起こってもNever say never, never say alwaysと、今日も自分に言い聞かせています。

 

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