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Vol.19
アラブ圏初のマクドナルド
ー 「スマイル0円」が逆効果になる世界
ファッションを中心とした新しいライフスタイルの発信源である、フランス・パリ。
パリに駐在する日本人マーケターが街中で見つけた、新しいトレンドを紹介。
トレンドをマーケティングと異文化理解の2つのフレームから読み解きます。
カサブランカのマクドナルド
集客から宅配サービスに転換
ブランドが国を越えて広がっていく様子は時として興味深いものがあります。例えば、グローバルブランドの代表格とも言えるマクドナルド。かつてアメリカの社会学者ジョージ・リッツァは、マクドナルドに象徴される徹底した合理化が現代社会のあらゆる場所に浸透していることを「マクドナルド化」と述べ、文化の画一化に警鐘を鳴らしました。しかし同社の強みが「現地化」の取り組みにあることは、世界中の店舗やご当地商品を見れば説明するまでもないでしょう。
規格化されたブランドをどう現地に適合させるのか。各国のマクドナルドに行くと、その工夫を感じることができるので海外出張時は極力立ち寄るようにしています。先日モロッコのカサブランカに出張した際にも立ち寄りましたので、今回はその様子をご紹介します。
マクドナルドがモロッコに進出したのは遡ること四半世紀以上も前の1992年。アラブ圏及びアフリカ大陸で初の出店でした。立ち寄ったお店は、北大西洋に面したオーシャンビューの大型テラス席や子供向け本格遊戯施設(日本の郊外店でも見られるプレイランド)を備え、平日の昼間にもかかわらず富裕層の家族連れで賑わっていました。メニューに「アルジェリアンソースのマックラップ」など北アフリカで響きそうなネーミングのご当地商品が並び、店内外ではハラル認証の取得マークと宅配サービス(マックデリバリー)が大々的に告知されていました。
モロッコでは食事を家族で取ることを重んじる価値観が根強く残るため、都市型のファストフード業態は馴染まず、マクドナルドは長年「家族で過ごせる目的地」を目指した店づくりとマーケティングに尽力し、富裕層の獲得に成功しました。一方で一般家庭はそもそも外食の習慣があまりなく、西洋文化への抵抗感さえあります。また、保守的な社会ゆえに人目が気になり若いカップルは気軽に外食できない実状もあり、同社はこうした取りこぼし
ていた潜在顧客へもリーチするため、今年に入り「宅配サービス」を始めました。
口コミ放置の大きな代償
「ハラル認証」の信憑性を説く
順調な歩みに見えますが、ここまで紆余曲折があったそうです。イスラム教を国教とするモロッコでは食材の「ハラール認証」が不可欠ですが、マクドナルドは食材の半分を輸入に頼るためか、2013年にFacebook上でハラル性を疑う口コミが書かれてしまいます。同社が3カ月間、回答せず放置したことで炎上が起こり、瞬く間に客離れを起こしたのです。
モロッコでは優れた広告宣伝よりも「人伝の情報」(口コミ)が信頼されているため、いまだ広がった疑いを払拭し切れず、店内では商品よりも「ハラル認証」の取得マークやその説明がこれでもかというくらいにアピールされていたのです。
「スマイル0円」が
逆効果になる文化
日本のマクドナルドでは、接客サービスの向上の象徴として「スマイル0円」がアピールされています。「スマイル0円」はお客さまに対しては質の高いサービス訴求であり、従業員に対しては接客における笑顔の重要性認知のキャッチフレーズでした。
笑顔の重要性に関しては、米国マクドナルドでも重視されている項目で、マクドナルドが海外展開をする過程ではマクドナルドスマイルの文化輸出が試みられました。しかし、この接客係のスマイルが有効に作用するかしないかは実は文化によって変わります。
例えば、ロシアの経営学教授で異文化関係論の専門家セルゲイ・ミャソエドフは、マクドナルドがロシアに進出した際に、ロシアの販売員が歯をすべて見せるマクドナルドスマイルの訓練をしたが、それは逆効果で客は「なんで私を見てニヤついているのか」と逆にショックを受けたと報告しています(出典『多文化世界』)。
楽しさを訴求すべきか
真面目さを訴求すべきか
ブルガリアの異文化理解研究者ミッショ・ミンコフは、人生を楽しみたいと思う基本的欲求をどの程度、充足されるかは文化によって異なることを示しました。ミンコフの調査を基に作られた「人生の楽しみ方(Indulgence)」の軸で見ると、モロッコのスコアは25で、これはモロッコが抑制的な文化であることを示しています(米国は68で充足的文化)。
【図】モロッコと米国の人生の楽しみ方スコア比較
抑制的な文化では、道徳的規範が多く、真面目で厳格な振る舞いが信頼と専門性の証と考えられます。また、微笑みは疑わしいとも捉えられます。
米国は充足的な文化なので、道徳的規範を気にするよりも、微笑みとポジティブさを強調する方がマーケティングコミュニケーションとしては市場の文化にあっていますが、モロッコのような抑制的な文化では、アメリカ的なアプローチは疑いを持って捉われる可能性があり、むしろ「ハラル認証」の厳格さなどをしっかりとアピールした方が客の信頼につながる文化的特徴があると言えます。
山本 真郷 / 渡辺 寧
- 山本 真郷 プロフィール -FUJIFILM Frances(フランス現地法人)
Directeur General Adjoin慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士フイルムに入社。入社以来、写真事業に従事し、チェキ(instax)のブランドマネージャー時代に数々のエポックメイキングな商品・販促を企画。著書に『非営利組織のブランド構築-メタフォリカル・ブランディングの展開』(渡辺との共著)。- 渡辺 寧 プロフィール -代表取締役慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、ソニーに入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事した後、ボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。現在は独立し組織開発での企業支援を行う。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。