BLOGブログ
Vol.24
車が登場しないルノーの「衝突実験」
ー 比喩表現で巧みに比較広告を想起させる
ファッションを中心とした新しいライフスタイルの発信源である、フランス・パリ。
パリに駐在する日本人マーケターが街中で見つけた、新しいトレンドを紹介。
トレンドをマーケティングと異文化理解の2つのフレームから読み解きます。
自動車にまつわる固定観念
ルノーがドイツ車と真っ向勝負
人間はとかく物事をイメージで判断しがちです。広告宣伝はそうしたイメージにメスを入れる術とも言えますが、固定観念のように客観的な裏付けがないまま「AはBだ(であるべきだ)」と信じられている強固なイメ―ジとなれば、変えるのは容易なことではありません。
例えば、自動車の「生産国イメージ」。ドイツ車やスウェーデン車は質実剛健、フランス車は猫足(しなやかな乗り心地)、イタリア車はデザイン性、日本車は実用性(燃費が良くて壊れない)など、個々のブランドを越えて生産国ごとのイメージが世界的に浸透しています。
フランス車のルノーが2000年初頭にドイツ市場で直面したのはこうした固定観念の壁でした。同社の安全性能は当時、業界トップ水準にありましたが、安全性や耐久性といった価値に直結する「質実剛健」というイメージを強固に抱かれていたドイツ車が、堅実なドイツ人に圧倒的に支持されていました。そこでルノーは、安全性アピールを本格化させていきます。中でも2005年に展開されたテレビCM(日本ではWeb配信)はドイツ人の固定観念を揺さ振り、いま見ても面白いクリエイティブになっています。
ユーモラスな喩えで成功
大破するソーセージ、物悲しい寿司
コンセプトは「Crash test」(衝突実験)。自動車が「食べ物」(自動車の生産国になぞらえた食べ物)に置き換えられ、衝突実験が行われます。
第二次世界大戦中に流行ったリナ・ケティの優雅なシャンソンをBGMに実験装置に乗せられた巨大なソーセージ(ドイツ車)が現れ、壁に衝突し大破します。続いて、巻き寿司(日本車)、クネッケブロート(スウェーデン車)が大破し、最後に登場するフランスパン(フランス車)だけがしなやかに衝撃を吸収します。場面が切り替わり、「フランス車が最も安全です」とテロップが流れ、黒ホリの中にフランスパンが新車さながらに再登場し、ルノーのCIが現れます。最後に「EuroNCAP(欧州の衝突安全テスト)で5つ星を8車種で獲得した唯一のブランド」とファクトが示される構成です。比喩表現でイメージを転換し、ファクトでイメージの定着を狙った二段構えのクリエイティブと言えます。
ユーモラスな比喩表現で当時のカンヌライオンズをはじめとする数々の広告賞を受賞し、自動車総合誌「Auto Motor und Sport」が読者を対象に行った調査によれば、キャンペーン後にドイツでのルノーのブランド認知が44%から52%に向上、また安全性に関する評価が7ポイント改善したと報告されています。
抽象的なフランス的広告が
「お墨付き」で広告効果を担保
フランスとドイツは、共にヨーロッパの主要国ですが、文化が異なります。オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士の国民文化研究を基にした文化圏の整理によると、フランスは、ベルギー・北イタリア・スペイン等と合わせ「太陽系」と呼ばれる文化圏に属します。一方でドイツは、オーストリア・チェコ・ハンガリー等と合わせて「油のきいた機械」と呼ばれる文化圏に属します。
「太陽系」の文化圏では、個々人が自分のスタイルを貫き、結果として表現が抽象的になる傾向にあります。そのため、広告表現でも何を訴求しているのかすぐには分からないものが数多く見られます。
ルノーのこのCMは、各国の代表的食材を、その国の車に見立てています。表現が抽象的なので見る側の知的レベルや想像力を必要とするものであり、人によっては「何を言っているのかわからない」という印象を持つ人が出るリスクがあります。
こうした「太陽系」独特の表現は、必ずしも他の文化圏で強い訴求力を持つわけではありません。例えば、ドイツが属する「油のきいた機械」の文化圏では、分析や品質、スペックと言った要素が重視されます。そのため、品質訴求をするのであれば、どのようなテストをどのようなプロセスで何回行って、いかに高い基準をクリアしたのか。また、どのような専門家が品質を保証しているのか、といったことを具体的かつ詳細に訴求した方が理解されやすくなります。
ルノーのこのCMの表現は、そうした具体的で詳細な説明にはなっていないのですが、最後のシーンで「Euro NCAP(欧州の衝突安全テスト)で5つ星を8車種で獲得した唯一のブランド」と訴求しているところが重要です。ドイツをはじめとした「油のきいた機械」の文化圏は不確実性の回避が高いので、専門家や専門機関の意見を重視します。そのため、専門機関による「お墨付き」は安心感をもたらし、広告訴求として非常に効果があります。
つまり、同CMは自文化の抽象的でひねりのきいた表現を前面に出しつつ、同時に専門機関の「お墨付き」も加えるというやり方で、複数の文化圏において訴求力を担保しようとするものであり、広い地域において訴求力を持ちうるメッセージ構造になっていることが、国民文化の観点からはうかがえます。
山本 真郷 / 渡辺 寧
- 山本 真郷 プロフィール -FUJIFILM Frances(フランス現地法人)
Directeur General Adjoin慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士フイルムに入社。入社以来、写真事業に従事し、チェキ(instax)のブランドマネージャー時代に数々のエポックメイキングな商品・販促を企画。著書に『非営利組織のブランド構築-メタフォリカル・ブランディングの展開』(渡辺との共著)。- 渡辺 寧 プロフィール -代表取締役慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、ソニーに入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事した後、ボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。現在は独立し組織開発での企業支援を行う。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。