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フランス人は日々「システムD」を駆使して臨機応変に立ち回る。
Vol.30
フランス流の問題解決法
―「システムD」でうまく切り抜ける
ファッションを中心とした新しいライフスタイルの発信源である、フランス・パリ。
パリに駐在する日本人マーケターが街中で見つけた、新しいトレンドを紹介。
トレンドをマーケティングと異文化理解の2つのフレームから読み解きます。
フランス居住で直面する
一筋縄ではいかない行政手続き
フランスの行政手続きは複雑で時間がかかります。手続きの多くは書面での提出が義務付けられ、内容の記入ミス・漏れ、書類の不備によって振り出しに戻ってしまうことも。このあたりが、フランスが形式主義でデカルト的と言われるゆえんでしょう。
たとえば、外国人がフランスに長期滞在するには入国後3カ月以内に「滞在許可証」を取得する必要があります。しかし、ただでさえ複雑な手続き方法がさらに、しばしば変更となり、抜け漏れが生じやすいため、手続き代行サービスが立派なビジネスになっています。フランスの運転免許証への切り替え手続きでも半年以上要したという日本企業駐在員が大勢いますが、こうした問題はフランス生活のほんの入口に過ぎません。フランス生活のほんの入口です。
臨機応変に立ち回る
フランス社会をうまく生き抜く術
私も渡仏前後の諸手続きが思うように進まず、早い段階である程度の免疫ができましたが、それでも日常生活の中で生じる事務手続きや問題への対処はなかなか骨が折れます。どうにもならない問題はフランス人の同僚に助けを求めるのですが、多くの場合「システムD」という方法で解決してくれます。
「システムD」とは「Système débrouille」の略で、「自分でうまくやり抜ける方法」という意味です。役所での書類の発行手続きを省略してもらったり、支払納期を延長してもらうことだったり、交通渋滞を違反すれすれで回避することであったりと、あらゆる場面で使われます。
役所での書類の発行手続きを例に挙げると、フランスは法律や規則を重んじる国ですので、書類の不備があれば突き返され出直すことになってしまいますが、役所内で親切そうな職員を見つけ、その人を味方につけて融通を利かせてもらう(その場で代替案を探してもらう)ことができれば、「システムD」で解決したことになります。当然違法なことは許されないですが、がんじがらめの法律や規則の中で物事をうまく運ぶためにフランス人は日々「システムD」を駆使して臨機応変に立ち回っているのです。
「システムD」という格好良い字面だけを見ると、まるで科学的理論のようですが、人間的な対処法にこうした呼称が用いられている点は、フランス的エスプリの効いたユーモアにも感じられます。
日本文化とも共通する
仏の不確実性の回避の高さ
オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士は、国民文化を6つの軸の数値で表現する研究を行ってきました。この研究を基にすると、各国における行政や企業業務上の手続きの複雑さが、その国のどのような文化的背景をもとにしているのかがわかりやすくなります。
フランスは不確実性回避が高い文化です。ホフステードの6次元モデルにおける不確実性回避(Uncertainty Avoidance : UAI)のスコアは86で、かなり高い不確実性回避の傾向を示しています。
不確実性回避が高い文化では、曖昧なことが嫌われるため、例えば行政手続きはたとえ複雑であったとしても手順や提出書類の条件を決めておきたいという文化的力学が働きます。
フランスはしばしば、非人間的な官僚制の国で、行政手続きが煩雑と言われますが、文化的にはこうした不確実性の回避の高さがあることが言われています。
それと同時に、フランスは個人主義の国でもあります。フランスの集団主義・個人主義(Individualism : IDV)のスコアは71で、これはフランスが個人主義文化であることを示しています。行政手続きは複雑であったとしても、その場で働く人の中には、個人として自分が考える行動をとる人がいます。「手続きはこうなっているけれど、こういうやり方を試してみては?」と個人の意見をはっきり言って助けてくれる人がいるのは文化的にありうる話であり、そうした他の個人の助けを受けながら、個人として上手くやる、というスタンスが「システムD」という名前で定義されているのはいかにもフランス的だと感じます。
余談ですが、日本も不確実性回避が高い文化(UAI=92)です。日本の行政手続きも煩雑だなと感じることは多々あります。しかし、日本はそこまで個人主義の文化ではない(IDV=46)ので、「システムD」のようなアプローチが明確には認識されていないのは、日本とフランスとの文化差かとも感じます。
【図】フランスと日本の「不確実性の回避」「個人主義」スコア比較
山本 真郷 / 渡辺 寧
- 山本 真郷 プロフィール -FUJIFILM Frances(フランス現地法人)
Directeur General Adjoin慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士フイルムに入社。入社以来、写真事業に従事し、チェキ(instax)のブランドマネージャー時代に数々のエポックメイキングな商品・販促を企画。著書に『非営利組織のブランド構築-メタフォリカル・ブランディングの展開』(渡辺との共著)。- 渡辺 寧 プロフィール -代表取締役慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、ソニーに入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事した後、ボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。現在は独立し組織開発での企業支援を行う。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。