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最新の調査データを使用してアラブ諸国のホフステード指標を算出
アラブ諸国は、地域的にはMENA(Middle East and North Africa)と呼ばれますが、これまで地域内の文化差に関する研究が少なく、地域内にどのような違いがあるのかがよく分かっていませんでした。
ホフステードのオリジナルの調査では、クウェート/UAE/サウジアラビア/エジプト/イラク/リビアを対象に1969年と1972年にデータが取られました。ただ、その後IBMが国別データのデータ保管を止めた為、ホフステード指標としてはアラブ地域としての1つの推計値が示されるにとどまっていました。
しかし、アラブ地域と言っても、この地域は、①北アフリカ、②地中海東側沿岸(レバーント地域)、③中東(含むエジプト)、④ペルシア湾岸、と4つに分けられます。地域によって観察される文化が異なり、よって「アラブ」とか「中東」と一括で捉える見方は正しくないのでは?という疑問がありました。
こうした疑問に答えるため、American University of KuwaitのShihanah Almutairiらが、新規にアラブ地域で調査を実施し、アラブ7カ国についての最新のホフステード指数を2020年の論文で発表していました。今回はこの研究を共有したいと思います。
大きな傾向としては、ホフステードのオリジナルのスコア傾向と近い結果となっているものの、より詳細に国の違いが提示されており興味深い内容でした。
アラブ諸国の文化には多様性がある
オリジナルのホフステードの指数では、アラブ地域は
- 権力格差が高く
- 集団主義で
- 女性性/男性性は中間
- 不確実性の回避がやや高い
という文化傾向であることが示されていました。前述の利用可能なデータセットの形式上の理由から、アラブ地域は、”Arab cluster”で纏められ、国別の違いの詳細に関しては限られた知見しかないという状態でした。
今回の調査は、国別にスコアを算出しなおしたもので、今まで詳細には分かっていなかったアラブ諸国内の文化差を明らかにしました。
指数の算出においては、ホフステードの調査票(VSM13)と算出方法が使われており、またホフステード自身からのアドバイスを踏まえた指数の算出となっています。
ホフステード指数の計算は、個人レベルではなく国レベルにおいてなされるため、生態学的な条件が統制された国別のデータセットを一定数(少なくとも30カ国以上)集める必要があり、この研究においても指数算出のアプローチは慎重に選択されている様子がわかります。
サウジアラビアのスコアは予想外
比較された7カ国のアラブ諸国のスコアで、個人的に最も意外だったのはKSA(サウジアラビア)のスコアでした。
サウジアラビアはワッハーブ派イスラム教で、大変戒律が厳しいというイメージがあります。同じイスラム教の国でも、例えば女性のヒジャブの着用の仕方には国によって差があり、サウジアラビアでは全身を覆うヒジャブを着用した女性がメディアで報道されます。そのため、サウジアラビアは国として見ると男性性の文化傾向が大きいのではと想定していました。
しかし、今回の調査結果を見ると、サウジアラビアはMAS=43で、これはサウジアラビアが女性性の文化であることを示しています。正直、予想と真逆でした。
このことに関してAlmutairiは、「メディアの目で見るとサウジアラビアは男性を優遇して女性の権利に制限をかけているように見えるかもしれないが、家庭内では状況は違う」と書いています。
確かに、サウジアラビアでは女性が政府の政治に関わることは無いけれど、女性はコミュニティ活動やファンドレイジングのイベント・社会活動には参加し、家庭においては”Head of the household”と見られ、家や家族を超えた影響力を拡大する役割を負っているのだそうです。このあたりの要因が、女性性スコアの背景にあるのではないかとのこと。
また、サウジアラビアは集団主義・個人主義のスコアについても中位に位置しています(IDV=48)。このスコアは日本とほとんど変わりません(日本はIDV=46)。サウジアラビアは、部族等の内集団の単位で活動している印象があり、集団主義の文化だと想定していました。今回のスコア上は、明確な集団主義文化とは言いにくいという水準になっています。
日本が明確に集団主義文化とは言えないというのも興味深い話ですが、サウジアラビアも同じような立ち位置というのも興味深い話だと感じます。論文の著者によると、これはサウジアラビアの国としての大きさが影響しているのではないかということで、他国に比べて家族メンバー間の行き来が容易ではなく、そのことが他のアラブ諸国に比べて個人主義的な立ち位置の文化をなっている背景にあるのではないかということです。
アラブ内でも、国によって企業はアプローチを変える必要がある
今回の論文は、これまで画一的なイメージしかなかったMENAの地域内の文化の違いを明らかにしたものです。MENA地域は人口が3億人と大きく、ペルシャ湾岸国家を始めとして富裕層の存在が大きい地域でもあります。
市場の魅力が大きく、進出先でのマーケティング戦略をどのように構築していくのか重要な課題となります。
アラブ内の多様性に光を当てた今回の研究は、そういう意味でよりきめ細やかな戦略の検討に役立つものであると思います。ホフステードモデルのような、統一のフレームワークを使う意味は、地域によって価値観がどのように異なるのかということを、共通の次元で科学的なデータ分析に基づいて考えられることにあります。
論文の中にも国別対応策の様々なヒントがありましたので、アラブ地域でのマーケティングを考える際は参考になる論文だと思います。
渡辺 寧
代表取締役
シニアファシリテーター
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。