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Vol. 10
ナイジェリア発“不快”な広告
「クリエイティブ」に課された役割
ファッションを中心とした新しいライフスタイルの発信源である、フランス・パリ。
パリに駐在する日本人マーケターが街中で見つけた、新しいトレンドを紹介。
トレンドをマーケティングと異文化理解の2つのフレームから読み解きます。
アフリカ最大級の経済規模
ナイジェリアの商都ラゴス
最後の成長市場「アフリカ」。富士フイルムではアフリカ大半地域の事業展開(写真事業)をフランス経由で取り組んでおり、今回は直近で出張した「ナイジェリア」からレポートをしたいと思います。
ナイジェリアは西アフリカに位置し、大陸最大の人口(1.9億人)と経済規模を誇る大国です。急速な人口増加も見込まれ、市場として有望視されてはいますが、汚職や治安の問題があり、ビジネスを進めるのは決して容易ではありません。
今回訪問した同国最大の商都ラゴスは、かつて「アフリカ三大凶悪都市」のひとつと言われ、英誌「エコノミスト」による「最も住みにくい都市」調査(2017)で世界140カ国中2位という前情報もあり、現地ではドライバー兼護衛と慎重に行動しました。
街中は車と人でごった返し、新興国特有の熱気で溢れていましたが、建物の多くは有刺鉄線付きの高い塀や鉄格子で保護され、軽い気持ちで行動できる雰囲気ではありませんでした。
今回の出張目的は、アフリカでも力を入れ始めたインスタントカメラの販売梃入れです。販売代理店とPR戦略を練る中で、現地で最近、話題になったという広告を目にしました。その広告のコピーは「THIS IS A DISGUSTING AD.」(これは不快な広告です)。
一見「不快」な広告
現地インサイトが共感を呼ぶ
同広告は無名のクリエイター4名によって昨年設立されたばかりのクリエイティブ・エージェンシー The Hook Creative Agency Lagos Nigeriaが「母の日」に合わせて展開したもの。描写されているのは「女性の手」と「粘液」。その下には「この広告を見て不快
になった人もいるでしょう。あなたの鼻水を口で吸ってくれた人を思い浮かべてください。あなたの小さな鼻を痛めないように、口で沢山吸ってくれた彼女を。今日、母の日を祝いましょう」とあります。
クリエイティブディレクターのトヒーブ・バログンは「母の日のギフト広告でモノが売れても、社会は良くならない」と言います。同広告は「献身的に育ててくれた母あっての自分」ということを思い起こさせ、「そんな大切な人を悲しませてはいけない」(犯罪に手を染めてはならない)という感情を形成する狙いがあるそうです。
集団の文化を理解しなければソーシャル・マーケティングは難しい
「犯罪に手を染めてはならない」というメッセージは正論ではありますが、このメッセージをターゲットとするナイジェリアの若者たちに真正面から説得しても、なかなか聞き入れてはもらえません。社会変革を「プロダクト」と捉え、マーケティングの手法を使って浸透させることを、「ソーシャル・マーケティング」として論じたのはコトラーですが、社会的「プロダクト」はそれを採用する便益がターゲットに理解されにくいことが多く、説得するのが難しいことも知られています。
そのため、ソーシャル・マーケティングを行う際には、ターゲットが属する集団の文化を理解し、文化に配慮したメッセージを形成することが欠かせません。
なぜなら、文化に根差したメッセージは、その文化に属する人々の情動を揺さぶるからです。
「集団主義」の文化に根ざす表現がナイジェリア人の情動を揺さぶる
今回のナイジェリアの母の日の広告は、「集団主義」の価値観に根差したメッセージの構造が見えます。ホフステードの国民文化スコアにおけるナイジェリアの「集団主義・個人主義」のスコアは30。これはナイジェリアが集団主義文化の特徴を持つことを示しています。
集団主義の文化では、人は自分が所属する集団の面子を潰したり、恥さらしになることを嫌います。常に家族や所属集団に対する責任が意識されます。近年、急速に研究が進んでいる文化心理学の脳機能研究では、集団主義の文化に属する人は、母親などの重要な他者を想起した時に内側前頭前皮質が賦活化することが知られています。
「犯罪に手を染めてはならない」というメッセージを説得的に伝えるために、母と子供という家族の構造を持ち込むことは、集団主義の人々にとっては情動を揺さぶるメッセージ構成となり得ます。
手と粘液というクリエイティブ表現と合わせ、構造的に家族関係を埋め込むことは、集団主義における難しいソーシャル・マーケティングを有効に作用させるひとつの仕掛けと言えます。
山本 真郷 / 渡辺 寧
- 山本 真郷 プロフィール -FUJIFILM Frances(フランス現地法人)
Directeur General Adjoin慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士フイルムに入社。入社以来、写真事業に従事し、チェキ(instax)のブランドマネージャー時代に数々のエポックメイキングな商品・販促を企画。著書に『非営利組織のブランド構築-メタフォリカル・ブランディングの展開』(渡辺との共著)。- 渡辺 寧 プロフィール -代表取締役慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、ソニーに入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事した後、ボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。現在は独立し組織開発での企業支援を行う。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。