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パリで働く、日本人マーケターのトレンドレポート(20)パンツで世界が変わるとき ー 生産国イメージを生かすブランディング

2020.03.16 山本 真郷 / 渡辺 寧

パンツで世界が変わるとき ー 生産国イメージを生かすブランディング

Vol.20
パンツで世界が変わるとき
ー 生産国イメージを生かすブランディング

ファッションを中心とした新しいライフスタイルの発信源である、フランス・パリ。
パリに駐在する日本人マーケターが街中で見つけた、新しいトレンドを紹介。
トレンドをマーケティングと異文化理解の2つのフレームから読み解きます。

新興パンツブランドがバズる
きっかけは、大統領選

「世界を変えたいなら、まずパンツから変えよう」という風変りなスローガンに掲げる「Le Slip Français」(フランスのパンツ)というブランドをご存知でしょうか。トリコロール(フランス国旗の青・白・赤)をモチーフに、デザインから生産までの全てを「メイド・イン・フランス」に拘った愛国心溢れるコンセプトと尖ったマーケティング戦略で、設立からわずか数年で急成長を遂げた人気の下着ブランドです(11年設立、17年売上高17百万ユーロ)。

注目を集めるきっかけとなったのは、2012年春の大統領選です。オランド前大統領が選挙ポスターで掲げたスローガン「今こそ変革を」をもじり、「今こそパンツを変えよ」と自社の宣伝をしたところ、当時の不況ムードに笑いをもたらし、Facebook上で瞬く間に拡散したのです。時流に乗った同社は、香料入りマイクロカプセルを繊維に埋め込んだ「良い香りがするパンツ」の開発やビックブランドとのコラボレーションなどでブランドの存在感を高めていき、1枚29~35€(4千円前後)もするパンツが今や飛ぶように売れているそうです。

フランス人の心情を捉えて急成長する、「Le Slip Français(フランスのパンツ)」。

「メイド・イン・フランス」を
生かしたストーリーテリング

「メイド・イン・フランス」は、どのような期待に応えているのでしょうか。フランス人にたずねると「高品質の証」と言い、その範囲は革小物、食器、食材から自動車まで多岐に及びますが、日本製に抱く高品質のイメージとはニュアンスが異なり、愛国心やプライドも見え隠れします。

例えば、フランス北部に工場を構えるトヨタ自動車が、現地生産する「ヤリス」(日本名:ヴィッツ)を「メイド・イン・フランス」と謳ったところ、販売が伸びたという分かりやすい事例もあります。

「フランスのパンツ」の場合、品質面以上にブランドの根幹をなす「ストーリー」が支持されています。同社の下着生地には伝統的技法で育てられた地元の綿花が使用され、縫製からパッケージにいたる全てが国内の老舗工場や職人の手によってつくられており、同社の下着を消費することは「伝統産業の保護」、ひいては「フランス経済の復興」につながる、というストーリーです。

つまり冒頭でご紹介した、一見ふざけたスローガン(世界を変えたいなら、まずパンツから変えよう)はこのブランドストーリーを表現しているのです。

コミュニケーションに散りばめられたユーモアにも好感が持てます。例えば、同社のWebやSNSではモデルたちのスタイリッシュな写真が並ぶ中に、思わ
ず笑ってしまうようなシーン(太った中年男性のパンツ姿等)が登場することがあります。格好をつけすぎず所々で外し、品位とユーモアを行ったり来たりすることでブランドイメージを上手にコントロールしているようにも見えます。

文化研究の観点から見えた
メイド・イン・フランス、3つの意味

「メイド・イン・フランス」のように生産国(Country of origin)を訴求することは昔からブランディングで良く行われてきました。生産国(や地域)を訴求することによって、その土地の持つイメージをブランドに付加しようという試みです。と同時に、文化的な観点からは、今回のフランスのパンツの「メイド・イン・フランス」訴求は少なくとも3つの違った意味の価値訴求になり得ることが読み解けます。

ひとつ目が「権威付け」訴求です。オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士の研究によれば、フランスは権力格差の高い文化です(権力格差スコア68)。受け手は自国の権威の高さそのものに価値を認めていることが多く、よって、フランスという国の権威の高さを訴求しつつ、同時にその商品がフランス製であることを訴求することは、受け手にとって価値を感じやすくなります。

2つ目が「個性の発揮」訴求です。フランスは個人主義文化でもあります(個人主義スコア71)。高価格帯ということもあり、メイド・イン・フランスのパンツを履くことは人とは違う自分というポジショニングに繋がり得ます。それは個人主義文化の受け手にとっては価値が高くなる傾向にあります。

3つ目は「変わらないもの」の価値訴求です。フランスは不確実性回避の高い文化でもあります(不確実性の回避スコア86)。不確実性の回避が高い文化では伝統を尊重する/守るということは、それ自体が価値として認識しやすくなります。ブランドストーリーの中で伝統的技法や栽培について触れることは、不確実性の回避が高い文化の受け手が元来持つ価値観に近く、価値を感じやすくなると考えられます。

【図】フランスの「権力格差」「個人主義」「不確実性回避」スコア
【図】フランスの「権力格差」「個人主義」「不確実性回避」スコア
出展)Hofstede Insights Group

あるブランドメッセージが受け入れられるかどうかには、その市場における受け手の価値観との親和性が大きく影響します。というのも、受け手の価値観から離れたメッセージは受け手としては理解しにくく価値あるものと感じにくくなるからです。よって、海外等の異なる市場でブランド構築をする場合には、その市場の価値観の構造を良く見極めて、適したメッセージを組み立てていく必要があります。


山本 真郷 / 渡辺 寧

- 山本 真郷 プロフィール -FUJIFILM Frances(フランス現地法人)
Directeur General Adjoin
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士フイルムに入社。入社以来、写真事業に従事し、チェキ(instax)のブランドマネージャー時代に数々のエポックメイキングな商品・販促を企画。著書に『非営利組織のブランド構築-メタフォリカル・ブランディングの展開』(渡辺との共著)。- 渡辺 寧 プロフィール -代表取締役慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、ソニーに入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事した後、ボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。現在は独立し組織開発での企業支援を行う。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。

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