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Vol.21
ルノーの実験的CM
ー 複合現実が生むエモーション
ファッションを中心とした新しいライフスタイルの発信源である、フランス・パリ。
パリに駐在する日本人マーケターが街中で見つけた、新しいトレンドを紹介。
トレンドをマーケティングと異文化理解の2つのフレームから読み解きます。
バーチャルキャラクターを起用
仮想から現実へ逃避しよう
ルノーがフランスで新型SUV「カジャー」の実験的な販促ムービーを展開しています。CGで制作された「LIV」という名前のバーチャルキャラクターをアンバサダーに任命し、彼女に現実の新型「カジャー」を運転させ、その魅力(力強さと乗り心地)を伝えようとする試みです
このムービーのタイトルは「現実へ逃避しよう(Escape to real)」。映像では、まずカジャーの目の前にLIVがスタートレックのテレポートのようにノイズを帯びながら現れ、彼女がバーチャルであることが示されます。
場面が切り替わり、ノイズの解消されたLIVが運転席に現れ(カジャーの運転席=良好な状態という意味づけが行われ)、市街地を出発します。峠道を軽快に進み、カーナビのメニューから「現実へ逃避」を選択。すると次第に道は険しくなり、クライマックスではオフロードを力強く駆け抜け、景色を一望できる地点に到着します。
その過程で映し出されるLIVの表情は生々しく、世界が追求する先端テクノロジー(VRやAIなど)の象徴であるLIVの逃避先が「リアルな現実」であるというパラドックス・撞着効果も相まって、妙に運転のリアリティを感じさせられるのです。
あえて、“不気味の谷”を意識
賛否両論も想定の上のムービー
一般的にキャラクター開発を行う際、ロボット工学や認知科学の領域で言われる「不気味の谷現象」(CGやロボットを本物の人間に似せていくと、ある段階で不気味に感じられる現象)を回避しようとします。
本ムービーのクライマックス(オフロードを駆け抜けるシーン)で描かれたLIVの表情はいささか狂気じみていて、動画コメント欄には「不気味の谷現象」の指摘や「バーチャルキャラクターで人の感情を動かそうとするのはいかがなものか」と嫌悪感を示すコメントなどが散見されますが、販促のコンセプトからして、人間の脳が感じる違和感をあえてショック療法的に活かして「運転の感覚」を再現させようとする製作陣の狙いが感じられます。
リアルとバーチャルを対立概念として扱わず、両者が交じり合った複合現実(MR:ミックスリアリティ)に広告表現の可能性を見出した試みとも言えるでしょう。視聴者の賛否両論が割れることが想定されたコンセプトと考えられますが、リスク回避を優先する日本企業ではなかなか実現できない広告表現ではないでしょうか。
個性的な表現に価値を置く
フランスは個人主義の文化
世界各国のCMからは、国民文化の傾向が透けて見えることが多々あります。オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士の国民文化の指標だと、フランスの個人主義(Individualism)スコアは71で、これはフランスが個人主義文化の傾向を持っていることを示しています。
通常、個人主義文化では表現は明確に伝わりやすい形でなされます。そのため、例えば同じように個人主義文化であるアメリカの車のCMを見ると「何人乗れるか?」「どんな便利な機能があるか?」といった訴求が多く見られます。顧客個人にとって何がメリットなのかを表現するCMが多くなる傾向があるということです。
フランスは同じ個人主義なのですが、アメリカとは異なり「顧客にとって何がメリットなのか?」を明示的には言わず、ひねりを加えた個性的な表現しようとする傾向があります。この傾向は車のCMに限らず、例えばこの連載(2018年1月号)でも扱った「オランジーナ」の逆さまパッケージなどでも見られます。
【図】日仏米の集団主義・個人主義スコア
「カジャー」を運転するLIVはCGなので、そもそもターゲット顧客はLIVに感情移入しにくい可能性があります。CGキャラクターが顧客に気味悪さを喚起する可能性もある中で、それでもこうしたCMを作る姿勢には分かりやすさよりも個性的な表現に価値を置くフランスの国民文化が透けて見えるように思います。VR技術が進歩し、世の中が「仮想現実への逃避」に向かっている現実の中で、逆に「現実への逃避」というメッセージを出す辺りは、知性を重視するフランス文化らしいなと感じます。
山本 真郷 / 渡辺 寧
- 山本 真郷 プロフィール -FUJIFILM Frances(フランス現地法人)
Directeur General Adjoin慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士フイルムに入社。入社以来、写真事業に従事し、チェキ(instax)のブランドマネージャー時代に数々のエポックメイキングな商品・販促を企画。著書に『非営利組織のブランド構築-メタフォリカル・ブランディングの展開』(渡辺との共著)。- 渡辺 寧 プロフィール -代表取締役慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、ソニーに入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事した後、ボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。現在は独立し組織開発での企業支援を行う。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。