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パリで働く、日本人マーケターのトレンドレポート(27)牛の鳴き声が進行役? ― 仏・ベンチャー企業の「会議の工夫」

2020.11.19 山本 真郷 / 渡辺 寧

付箋を使ったプロジェクト管理を説明する同社副社長ロラン・ボアディ氏

付箋を使ったプロジェクト管理を説明する
同社副社長ロラン・ボアディ氏。

Vol.27
牛の鳴き声が進行役?
― 仏・ベンチャー企業の「会議の工夫」

ファッションを中心とした新しいライフスタイルの発信源である、フランス・パリ。
パリに駐在する日本人マーケターが街中で見つけた、新しいトレンドを紹介。
トレンドをマーケティングと異文化理解の2つのフレームから読み解きます。

風光明媚なアルプス山麓にある
ハイテク産業の一大拠点

パリから高速列車で約3時間の距離にある、フランス南東部の都市「グルノーブル」。アルプス山脈の麓に広がる風光明媚な土地でありながら、スタートアップや研究機関が集積するハイテク産業の一大拠点でもあります。この地に当社の取引先で、フランスで最も人気のある写真プリントアプリ「Lalalab.」などを擁し、急成長を遂げるベンチャー企業「Photoweb」も本部を構えています。今月は同社を訪問した際に、目にしたちょっとした働き方の工夫をご紹介します。

同社のオフィスに足を踏み入れると、まず目に入るのは外光が差し込むモダンなインナーテラスで作業をする人たちの姿です。いかにもベンチャー企業らしい光景ですが、特に興味を引かれたのは通路や会議室壁面で「付箋」を多用し、オープンにプロジェクト管理が行われていたことと、さらに社内を歩いているときに会議室から漏れ聞こえてくる「牛の鳴き声」でした。

その国の文化に適した
ファシリテーション方法を探る

「牛の鳴き声」の正体は「Boîte à meuh」(モーモー缶)というひっくり返すとモーと音を出す幼児玩具でした。全ての会議室にファシリテーションツールとして置かれ、会議中に特定の人が議論を独占したり、議論があらぬ方向に脱線したときに、会議主催者と参加者が牛の鳴き声で待ったをかけ、時間管理の徹底を図るというのです。

それでは、付箋を使ったプロジェクト管理はどのように行われているのでしょうか。欧州では日程計画を「週番号」(例えば「12月第一週」ではなく「Week49」)で管理するのが一般的です。同社では各プロジェクトに会議室の壁面を割り当て、壁面を広く使い横軸に「週番号」を振り、縦軸に各担当者が「ウィークリータスク」を付箋で貼っていきます。
プロジェクトメンバーは週次で集まり、共同レビュー(付箋の移動、貼り直し等)を行うことで、各々がプロジェクトとの関わりを認識し持ち場に戻ります。

同社の副社長、ロラン・ボアディ氏によれば、こうしたアナログな共同作業を通じてメンバー間の相互作用が促され、日程計画の実現可能性が高まっていくとのこと。
同氏は過去に勤めた多国籍企業での経験を通じてフランス人の特性を客観視できるようになったと言います。フランス人は時間をかけて議論を深めることを好み、協調性よりも独創性を重視する傾向があるので、アジャイル経営を実現するためにこうした特性(国民文化)に合わせた仕組みを随所で導入したそうです。

全会議室に置かれたファシリテーションツール。
全会議室に置かれたファシリテーションツール。

個人主義なのに
権力格差が高いフランス文化

オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士は各国の文化を数値化する研究を行ってきました。この研究成果に基づくと、フランス文化の特徴は個人主義でありながら、権力格差が高い文化であることが分かります(個人主義スコア71・権力格差スコア68)。

これは、フランスの文化が米英独といった他の先進国とは違う文化パターンであることを示しています。世界的には、個人主義の傾向が強くなると、権力格差は低くなります。つまり、大事にされるのは個人の意見であって、上司等の権力者の意見も数ある個人見解のひとつとして扱われます。
結果として、上司・部下間のコミュニケーションはフラットになりがちです。

一方でフランス文化では、個人の意見は重視されますが、同時に上司などの権力者の意見は重みを持って受け取られます。つまり、上司と部下のコミュニケーションはフラットにはなり難くなります。

フランス文化なりの
組織内コミュニケーションの工夫

このため、フランス企業で働く日本人マネージャーから次のような不満をしばしば聞くようになります。すなわち、「部下に指示をすると『やります』と返事をするのだが、実際は違うことをやっているケースがある」というものです。
これは権力格差が高いため、上司の指示は一応聞くが、個人主義なので自分の考えを優先させている文化的事例と解釈することができます。

フランス文化はまた、不確実性の回避が高い文化でもあります(不確実性の回避スコア86)。そのため、フランス文化の組織における仕事の進捗確認は、個人主義に配慮して上司による一方的な確認作業ではなく、仕組みを使った双方向的なものにした方が上手く行くと考えることができます。

アジャイル型の付箋を使ったプロジェクト状況のアナログな見える化は、副社長という「権力を持った人」が持ち込んだ「仕組み」でプロジェクト全体を管理するという形式になっています。これは、権力格差が高く個人主義で不確実性の回避が高いフランス文化らしいマネジメント方法だと感じます。

【図】フランスの「権力格差」「個人主義」「不確実性回避」スコア
【図】フランスの「権力格差」「個人主義」「不確実性回避」スコア
出展)Hofstede Insights Group


山本 真郷 / 渡辺 寧

- 山本 真郷 プロフィール -FUJIFILM Frances(フランス現地法人)
Directeur General Adjoin
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士フイルムに入社。入社以来、写真事業に従事し、チェキ(instax)のブランドマネージャー時代に数々のエポックメイキングな商品・販促を企画。著書に『非営利組織のブランド構築-メタフォリカル・ブランディングの展開』(渡辺との共著)。- 渡辺 寧 プロフィール -代表取締役慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、ソニーに入社。7年に渡り国内/海外マーケティングに従事した後、ボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。現在は独立し組織開発での企業支援を行う。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍。

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